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写真(国内・海外)

EYEMAZING アイメージング

131人の現代写真家たちによる、
かつてない新しいアートフォトグラフィーの世界

「EYEMAZING(アイメージング)」は、国際的な現代写真のクウォータリー・マガジン。アートフォトグラフィー誌の最先端を疾走してきた「アイメージング」は、今日の写真界において最も革新的な精神と類まれな創造性を有している。写真家、ギャラリスト、収集家に圧倒的な影響力を持ち、世界で活躍するアーティストの新作を紹介するとともに、新たな才能を発掘することで高い評価を獲得してきた。
本書は、「EYEMAZING」の創始者にして唯一の編集発行人であるアイメージング・スーザンのキュレーションにより、この10年間に誌上で発表された中から傑作を選び、2つの軸に沿って知的かつ優美にまとめられた。
現役のアートフォトグラファーたちが創造する、美しく官能的で、時としてショッキングな、作品の数々…。掲載されている写真家131人には、世界的に著名な写真家たちと並んで、知られざるアーティストも含まれており、すべての読者の感性を刺激してやまない、大胆なスケールとなっている。

マイケル・アッカーマン、アントワン・ダガタ、ベッティナ・ランス、サリー・マン、志賀理江子、ジョエル=ピーター・ウィトキンほか131名、全423点を収録。全写真家のバイオグラフィーを巻末に掲載。

著者:アイメージング・スーザン
序文:カール・E・ジョンソン
寄稿:Ⅰ章スティーブン・ブラウン「我が身、それは檻。我が身、それは家」
Ⅱ章ジョン・ウッド「過去世の夢と記憶」

「アイメージング・スーザン」こと、スーザン・サデーは、アムステルダムを本拠として活動し、2003年に雑誌『アイメージング』誌を創刊。2008年、最高の写真雑誌に与えられるルーシー・アワードを受賞。雑誌の出版に加え、写真専門のフリーランスのキュレーター、アドバイザー、各賞の選考委員として国際的に活躍している。

EYEMAZING アイメージング

□ 判型:335×245mm
□ 総頁:544頁(図版423点カラー)
□ 上製
□ ISBN 978-4-86152-397-7 C0072

本書はThames & Hudson社(英)
との国際共同出版として刊行
<完全日本語版>

特設ページ

http://eyemazing.tumblr.com/

定価:12,000円+消費税
アマゾンで購入する

書 評

アイメージング ―PERISCOPE アイメージング・スーザン氏インタビュー

AMAZING WORLD OF EYEMAZING SUSAN
写真雑誌EYEMAZINGの10年を振り返る

http://wearetheperiscope.com/detail.php?id=282&lang=ja

アイメージング 京都新聞11月19日掲載

 これも写真なのだろうか?青幻舎から刊行された大型写真集「アイメージング」をひもとくと、誰もがそんな思いを抱くに違いない。

 この本は、国際的に名高いオランダの写真雑誌「アイメージング」が創刊10周年を機に、同誌上で発表された作品から400点あまりをまとめたものだ。サリー・マンや志賀理江子など、よく知られた作家から、ほとんど無名の作家まで131人を紹介している。

 同誌が創刊されたのは2003年。世界を揺るがした米国の同時多発テロからわずか2年後のことだった。その後の10年間は、世界全体がますます激動し複雑化するに従い、人々のアイデンティティーや世界観がこれまでになく揺らぎ、不安定化していく過程でもあった。

 それは、まさにこの本が紹介する作品に共通した特徴でもある。21世紀の今を生きる私たちの多くがうっすらと気づきながらも認めようとしてこなかった、現代という時代の影を映し出すものであるのかもしれない。

(竹内万里子・写真評論家)

アイメージング 日経新聞―11月10日掲載

現代を写すアート写真誌「見る楽しみ」広げる

 写真雑誌といえば、カメラの撮影技術を紹介する専門誌が思い浮かぶ。だが近年、 「写真を見ること」に力点を置いたアート写真誌に接する機会が広がっている。出版 物を通じ、最先端の写真表現に触れることができる。

 美術出版物を数多く手がける青幻舎がこのほど刊行した『EYEMAZING』は、欧州の 先鋭的なアート写真誌「アイメージング」に掲載された作品400点あまりを集めた〝 ベスト盤〟。2003年にアムステルダムで創刊された同誌は、写真専門のキュレーター (展覧会企画者)のアイメージング・スーザン氏が一人で作品を選定する雑誌で、世 界の美術関係者に高く評価されている。

 544ページの分厚い本を開くと、次々に強烈なイメージが目に飛び込んでくる。む き出しの身体を被写体にした奇怪な写真が目立つのは、テロや紛争、大災害などを経 て、人間存在のもろさに写真家が敏感になっているせいだろうか。収録作品に通底す る不穏な雰囲気は今の時代の空気を反映している。

 「誰でも『これは何だろう』という奇異なものに自然と目が行く。人間のそんな原 初的な欲求を喚起する作品を集めたのが本書。現代の写真表現の豊かさを感じてもら えるはず」と青幻舎はいう。

 身の回りに視覚的な刺激があふれるなかで、1枚の写真をじっくり眺める機会は多 くはないだろう。多様なイメージに触れられるアート写真誌は、活字の本を読むよう につぶさに写真を見ることの面白さを再発見させてくれる。

(文化部 千場達矢)

アイメージング ―共同通信 掲載

時代の影を映し出す

「アイメージング」  竹内万里子

 これも写真なのだろうか? 青幻舎から刊行された大型写真集「アイメージング」をひもとくと、誰もがそんな思いを抱くに違いない。
 この本は、国際的に名高いオランダの写真雑誌「アイメージング」が創刊10周年を機に、同誌上で発表された作品から400点あまりをまとめたものだ。サリー・マンや志賀理江子など、よく知られた作家から、ほとんど無名 の作家まで131人を紹介している。

  バラエティー豊かな作品群でありながら、そこにはどこか共通した特徴がある。
まるで古い写真のようにくすんでいたり、ぼやけていたり、見る者 を不安にさせるような雰囲気のものが多い。事実を客観的に観察・記録するというよりも、人間の無意識や夢、記憶といった目に見えない世界を描き出そうとし ているかのようだ。
 19世紀前半に写真が誕生したとき、人々に大きな衝撃を与えたのは、その緻密な記録性だった。以来、写真は科学や医学、建築など、さまざま な分野でこの特徴を発揮した。その一方で、お化けや霊が写っているように見せかけた「オカルト写真」が大流行したのも事実である。

  当時、近代化が推し進められていった裏側で、非合理的な価値を信奉する神秘主義が拡大したといわれている。全てを合理的に説明できるかのよう に思える科学が発展すればするほど、人間はそこから抜け落ちてしまう目に見えない世界の存在を信じ、それを見たいという欲望を抱くものなのかもしれない。 それは時代の 光と影のようなものだ。

 同誌が創刊されたのは2003年。世界を揺るがした米国の同時多発テロからわずか2年後のことだった。その後の10年間は、世界全体がます ます激動し複雑化するに従い、人々のアイデンティティーや世界観がこれまでになく揺らぎ、不安定化していく過程でもあった。
 それは、まさにこの本が紹介する作品に共通した特徴でもある。21世紀の今を生きる私たちの多くがうっすらと気づきながらも認めようとして こなかった、現代という時代の影を映し出すものであるのかもしれない。(写真評論家)

アイメージング ―アサヒカメラ 2013年11月号掲載

本書は、アートフォトグラフィー界を長らく先鞭してきた「「EYEMAZING」誌上で、この10年間に発表された中から選ばれた傑作423点を、「過去世の夢と記憶」「我が身、それは檻。我が身、それは家」という二つの テーマに沿ってまとめた作品集である。

―「EYEMAZING」誌は、アイメージング・スーザンと名乗るたった一人のオランダ人女性によって創始された。 彼女は12年間に及ぶプロのバレエダンサーという経歴を持ちながら写真家に転向し、「EYEMAZING」誌以前には「Freeye」というアートフォトグラフィー誌を主宰するなど、異色の経歴の持ち主である。 いまやスーザンは、創造的かつ革新的な編集発行人として写真界からも一目置かれる存在である。

本書の前半を占める「過去世の夢と記憶」パートに収められた作品群は、あたかも写真創世記を思わせるような古写真風のたたずまいだが、 すべて現代作家による作品である。表紙写真が典型的だが、古い写真にありがちな二重露光やピンぼけ、フィルムの経年劣化による変色や傷み などの効果、あるいはフォトショップの隆盛に逆らうような古めかしいコラージュ技法などが意図的に用いられている。

そこには被写体からの関係性から写真家の意図、あるいは写真が経てきた経歴や歴史などが重層的に織り込まれた、フィルムならではの質感が再現 されている。ロラン・バルトは、写真に含まれるコード不可能な細部を「プンクトゥム」と称したが、前半パートに顕著なのは、こうした プンクトゥム的成分への写真家自身の欲望である。

しかし精神科医としてより興味深いのは、後半パート「我が身、それは檻。我が身、それは家」だ。 このパートには多くの裸身と顔がある。とりわけ「顔」は重要だ。 なぜなら「顔」こそは、解説でジョン・ウッドが述べるように、「欲望の発生装置」にほかならないのだから。現代は多くのカメラに顔認識の機能が備わっているが、われわれも写真の中にまず「顔」を探さずにはいられない。そして、もし画面に少しでも顔が映り込んでいれば、われわれは決してそれを無視できない。

そうした意味で写真とは、正しく顔に奉仕するためのメディアにほかならない。

個人的に最も印象的だったのは、プロジェリア(早老症)とおぼしい男性のポートレ―トだ。“異形”を端正に描写するという写真の機能が存分に発揮され、強い印象を残す。ここに至って私は確信したのだが、「顔」こそは写真の言語そのものだ。それは「意味」ならぬ「文脈」を与える言語として、写真の歴史を支えてきた。本書をめくる旅は、あたかもそうした写真史を俯瞰するがごとき経験でもあるだろう。

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