青幻舎マガジン

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.07

極彩色の世界で文化を発信する
ふたりの革新者が成すこととは
京都絵描きユニット だるま商店

 

 京都に暮らしていると、近頃あちこちで目にする極彩色。衝撃的でもあり、同時にどこか懐かしい。外国人が想像する“ジャパン”ではなく、日本人のDNAに刻まれている記憶を刺激するような――。そんな不思議な絵と出合ったときの複雑な心持ちを抱いたまま、くだんの絵師に会える機会を待っていた。いくつかの取材を通して、彼らが住む職人長屋「あじき路地」(★1)の大家さんと親しくなった頃にチャンスは訪れる。このタイミングを逃してはならぬとばかりに、「おかあさん!だるまさん紹介してください!!」と前のめりになったのはご愛嬌。さて、ディレクターと絵師がタッグを組んで構えているアトリエ兼住居で、あの世界はどうやって生まれてくるのか。制作現場にお邪魔してきた。

text : 山田涼子(椿屋)/photo:松村シナ

日本の良さを伝えるための絵

 トップを飾る作品は、六道珍皇寺に奉納した「屏風 極彩色 篁卿六道遊行 絵図」。所縁ある小野篁(★2)をモデルに、昼は宮廷で働き、夜は地獄に赴き閻魔大王の手伝いをしていたという言い伝えから、彼の一生を基に、同寺と六道、ご本尊・薬師如来の極楽である東方浄瑠璃浄土を描いている。この他、随心院に奉納した「襖絵 極彩色梅匂小町絵図」や熊野古道の曼荼羅、清水焼や友禅染の図案といった伝統的なモチーフがだるま商店の主な作品だ。日本にある色をベースに、禅が入る前の極彩色で独特の世界を構築する。だが、そこには想像だけではない、入念な下調べで得た知識や経験がある。彼らは作品を通して、「日本の良さを多くの人に伝えたい」という。ではその「日本」をどう伝えるか。まずは歴史を紐解く。「考古学、歴史学、民族学、政治学、宗教学、経済史学、外交学……それらを組み合わせて、やっとひとつの答えに行き着くんです。ときには、心理学や脳科学からのアプローチもしたり」と島さん。なんでも彼は、母親が旧家(京都の古い家)の出身ゆえに、幼い頃からしきたりや慣習といったものが身近にあり、それらを解き明かすことに興味を抱いていたという。一枚の絵を描くために必要な知識のなんと莫大なことか。
 ところで、島さんは初めて安西作品を見たとき、「気持ち悪い絵描いてるなぁ」と思ったのだとか。「なんていうか…(テンションを)下げる絵というか」と、言葉を探りながら、当時のことを振り返る。出合いは2001年のデザインフェスタ(http://designfesta.com/)。ふと目に留まった絵葉書を買ったのがはじまりだ。「うわぁ、手描きやで、これ…と思いました(笑)」。たしかに、この緻密さを手で描いているとなれば、仰け反るのも道理だろう。その頃、山形県出身の安西さんは関東の大学で日本文学を専攻しつつ、趣味で絵を描いていたという。「銀座の画廊でバイトはしていましたが、専門的に絵を勉強したわけではないので、細かく書き込んで全体的に良ければいいかな、と」。そのスタンスは、作業がデジタル化した今でも変わらない。インタビュー中、何度も彼は「絵が下手なんで…」と恐縮してみせた。そんな彼のモチベーションを引き上げるのが、島さんのプロデューサーとしての手腕。ちなみに、絵葉書を手にした2年後、彼らは友人の誕生会で顔を合わせる。終電を逃し、自宅に泊めてくれた島さんの部屋に、自身の作品を見つけたときの衝撃たるやいかに。これこそ、運命だ。

JR高崎線で旅の途中に購入した「だるま弁当」。高崎市郊外にある少林山達磨寺で開かれる「だるま市」で売り出される開運縁起の「だるま」にあやかった駅弁で、昭和35年の販売当初は瀬戸焼だったが、現在は写真のような赤いプラスチックの容器に。まさかコレが、ユニット名の由来とは!(笑)

髪結師から譲ってもらったウィッグは絵を描く際の重要なアイテム。写真の日本髪は安西さんが自身で結ったというから、その器用さに驚かされる。余談だが、日本髪に興味を持つきっかけとなった「日本の髪型」(光村推古書院刊)は、安西さんのバイブルともいえる一冊。

役割分担こそが最大の武器に

 そんな運命の出会い(再会?)を果たした二人がタッグを組んだのは、その年の初夏のこと。広告関係の会社に勤めていた島さんが独立のために必要な「自分の武器が欲しくて誘った」のがスタートだ。偶然知った「あじき路地」の入居者募集に名乗りを上げ、それぞれのスキルを活かして「こういうふうに生活したい、という絵を描いて送った」ことが功を奏し、多くの応募者の中から権利を獲得する。「下見として実際に訪れてみて、学ぶことの多い土地に魅かれました。路地に入ったら静かで、制作環境の条件も揃っていました。ここを逃すと後がない、と思っていました」と、安西さん。
 絵を描くのは安西さんひとりの作業だが、あくまでも彼らはユニット。絵を描くという行為に対して、分かりにくいのが島さんのプロデューサーとしての仕事内容だろう。例えば、「舞台を実際に観ると、パッと明かりがついた瞬間の風景は華が開くように見えるのでは?」という安西さんの言葉を聞けば、宝塚などの舞台を実際に観に連れていく。梅苑を訪れ梅の香りを嗅ぎ、平安時代の船を観るために大覚寺まで足を運び、雅楽を間近で聴けるイベントを探す。知識だけでなく、体感させる――それが、彼の役割なのだ。「要は雑用ですよ(笑)」などと謙遜するが、二人のやりとりは阿吽の呼吸で、安西さんがいかに島さんを頼りにしているかが察せられる。「やり手婆やと思ってますよ。僕という手足を上手く使って、自分の思い描く世界をカタチにしてほしい。そのためにも、僕はあくまでもスーパーサブに徹してないといけない。立場上、表に出ることが多いんですが…」という島さんに、「仕事の脳みそは任せています。彼が婆さんなら、自分は爺さんになるまでずっと描き続けていたい。手がプルプルしても支えてもらって(笑)」と安西さん。
 髪結師の人と一緒になって、絵から髪型を再現してみたり。着物を自分で着てみて皺の寄り方を確かめたり、いかに楽に着るか工夫したり。そうやってきちんと見知ったことを絵の中に落とし込んでいく。そのリアルさと表現力が作品の根底にあるからこそ、見る者は懐かしさを刺激されるに違いない。

長屋の格子に貼ってあったのは、六道珍皇寺と霊山歴史館のポスター。だるま商店の作品は、大きいほど迫力を増すため、屏風やポスターとして観るのがいい。「第19回窯元もみじまつり」(★3)の紅く染まった1枚も、京町家の壁にしっくりと似合う。

作品づくりの基盤となる長屋暮らし

 それでも、「本当に描きたい絵は80歳くらいにならないと描けないんでしょうね…人生が勉強です」と、安西さんは呟く。人間としては生きているだけでいい。それなのに、絵を描いている。だからこそ、伝えられることがあるはずだ、と彼らは考えている。島さんは語る。「日本の良さを伝えるということは、日本人の価値観を広めるってことだと思うんですよ。中国にもインドにもない、曖昧さや適当さ。いろんな文化が入り混じっても、それを否定せず、受け入れて、取り込まれることなくミックスしていく。そういう日本独特の感覚ってあると思うんです。古くからあるものだけに固執することなく、今の時代の人たちがつながりやすい要素や共通点を組み込んで表現することが大事」だと。
 そんなふうに考えるのも、彼らが路地で長屋暮らしをしていることがとても大きい。「大家さんと店子の関係って、面白い。ベタベタはしないけど、家族のような適度な距離感。それが温かくてありがたいんですよ。互いの顔が見える生活とか、約束せずに会える環境とか。笑い声や生活音が微かに届く毎日の暮らしは、作品づくりの上でもプラスになっています。見守ってくれている人たちの想いに応えたいから頑張る、というのもあります」と、外に耳を澄ませながら続ける。「路地の住人は、何かのタイミングで卒業していきます。今までの先輩たちもそう。最近で言えば、長女的存在だった革小物「Rim」(http://www.rim-works.com/)の押野さんが工房を移転して、空いた家に次の住人がやってきた。それによって長屋に新しい空気が流れ込んできて、僕らも刺激をもらったりします。ここは、これからって職人を応援する路地なので、ある程度住むと世代交代を意識すると思います。この場所をスタート地点として走り出したい人たちはたくさんいるでしょうから、僕たちにもここを譲るときが来ると覚悟しています」。いつか近い将来、彼らにも胸を張って長屋を後にする日が来るだろう。それまでいましばらく、色濃い文化の漂うこの場所で鮮やかな絵を描き続けてほしい。「日本の良さ」を発信するために。

路地仲間でもある焼菓子専門店「Maison de Kuuu(メゾン ド クゥ)」のギフトBOX。マドレーヌと花で乙女の髪飾りをデザインするなんて、可愛すぎる。てっぺんには、クラウンのように町家がちょこんと乗っているのも遊び心。

京都拠点。その魅力とは―

「和物が好きで、浮世絵を参考にしながら探り探りで描いていた頃に、路地の下見で京都に来て衝撃を受けました。京都には昔ながらのモノがたくさん残っていて、雰囲気もある。とくにここは花街も近く、伝統の文化が身近なのも素晴らしい。おかあさんが懇意にされている舞妓さんが路地に遊びに来てくれることもあったりして。とても刺激になります」(安西)

「空気が残っている、と僕らは思っているんですが、絵に描くような生活を実体験で得られるのは京都ならでは。お祭や社寺への距離感も絶妙でリアルです。また、縁が濃いのも絵を描く上で大事なこと。強く、広くなっていくつながりが作品づくりの根底にあると思います。ポスターを描かせていただいた霊山歴史館は、大家さんが昔お仕事で出入りしていたご縁から。六道珍皇寺なんて、和尚さんがおかあさんの同級生ですから。多くの人に支えられていることを実感する土地でもありますね」(島)

 

★1 いま注目度が急上昇中の職人長屋。大正時代に立てられた町家が軒を連ね、風情ある凛とした佇まいを残す路地(ろぉじ)。長らく空家だったが、ものづくりに励む若者たちを応援すべく、2004年から入居者を募集し、アトリエ兼住居として多彩な職人たちが暮らす。大家さんを「おかあさん」と慕い、昔ながらのご近所づきあいが健在する。帽子、がまくち、消しゴムはんこ、焼菓子…とさまざまな店舗があり、土日のみ営業している(店舗によって異なるため、詳しくはHPにて要確認)。http://ajikiroji.com/

★2 京の人々から「六道さん」と親しまれている六道珍皇寺は、冥土への玄関口(その入口は境内の井戸)として知られる。同寺の施主と伝わる小野篁(おののたかむら)は、あの小野小町の祖父であり、閻魔の庁の冥官といわれた謎多き人物。境内東側には閻魔堂があり、小野篁と閻魔大王の木像が安置されている。リアルな表情の閻魔大王像は篁作ともいわれ、誰も会ったことがない閻魔大王をこれほどまでに克明に表現できたのは、彼があの世とこの世を自在に行き来していたからだとも伝えられている。

★3 毎年11月に京都青窯会共同組合の主催で行われる窯元第陶器市。京都・東山の紅葉の名所として知られる「東福寺」と「泉涌寺」の間にある30軒ほどの窯元が、市価の30~70%OFFの大特価で商品を提供する。期間中、京焼・清水焼などが当たるスタンプラリーも開催され、逸品を求める多くの人々で賑わう。

プロフィール:
text:山田 涼子(やまだ りょうこ)
しがないモノ書き、および高校の先生(国語科)。様々な媒体での執筆はもちろん、テレビ番組のリサーチ、京都特集のコーディネートなども請け負う。慣れ親しんだ京都の魅力を再発見するため、ライター&イラストレーター仲間で「ことり会」を結成。自分たちの好きなものだけ詰め込んだ「ことり会だより」の編集長も務める。
「椿屋」http://tsubakiya.gozaru.jp/
「ことり会」http://kotorikai.com/

Photo:松村シナ(まつむらしな)
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。2012年11月より「京都写真教室Tract」の講師も務めながら、日々写真の魅力を追求する。
「torico.」http://torico.petit.cc/
「Tract」http://www.tract-kyoto.com/

PROFILE

京都絵描きユニット だるま商店

左:島直也-Shima Naoya
右:安西智-Anzai Satoshi

ディレクター島と絵師・安西の京都で活動する絵描きユニット。肉筆の自由な筆使いとCGによる極彩色のグラデーションを組み合わせ、日本の様々な姿を写し出す。安西の本物の写生の繰り返しと、島の調査研究・フィールドワークによる価値観の独自の再構築との組み合わせよって世界観を作り上げる。世界遺産熊野古道の曼荼羅、寺院の障壁画や神社の天井画、裏千家淡交会の茶会の軸、清水焼、唐紙、舞妓さんの衣装友禅などの伝統的なモノに伝統を超える要素を差し入れていく。他に、映画レッドクリフのグッズ、パリのメゾンcolletのアートワーク、パリ音楽祭のペイント、吉本興業、中国のファッションショー、ホテル、博物館のメインビジュアルなど活動は多岐に渡る。平面があれば、どこでも描く!がモットー。
http://dalma.jp/

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