青幻舎マガジン

イタリアンシェフ-水谷啓郎

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.09

調理人であり、社長であり、パパである
ヘンクツ男が料理を通して世に問うもの
イタリアンシェフ-水谷啓郎

 

 ミズタニヨシオの作る料理は安くて旨い。ミズタニヨシオの話すことは偏りがないのに独特で面白い。ミズタニヨシオは見た目のインパクトも強い。ミズタニヨシオは自らのことを店主ではなく「店員」という。ミズタニヨシオは――ヘンクツだ。
それが、私が初めて「il Piatto(イルピアット、通称イルピ)」を訪れたときの印象。そしてそれは、いまに至るまで全く変わっていない。相変わらず、月替わりのメニューはどれもこれも美味しくて、そのくせ驚くほど安いし、物事に誠実ゆえの鋭い切り込みで愉快なトークを繰り広げてくれるし、しょっちゅうガハハ!と大笑いしながら楽しそうに接客しているし、やっぱり自分のことを「店員」だという謙虚な姿勢は健在だ。……そんな“ミズタニヨシオ”解体を、以下の三項から試みよう。

text : 山田涼子(椿屋)/photo:松村シナ

ひとりの調理人として働く“ミズタニヨシオ”

 調理人・ミズタニヨシオは、ちょっとユニークな経歴の持ち主。手を痛めて建築設計事務所を退職後レストランで働きはじめ、生まれ育った愛知県から兵庫県西宮市へ。配属された店舗の近くには関西学院大学があり、来店する学生たちに憧れを抱く。そこで、調理人としてもベースを作らないと危ういという実感も加わり、立命館大学へと進学してしまう。社会学を存分に学び、卒業後は小さいながらも自身の店「イルピアット」をオープンする。店を構えるきっかけとなったのは、大学3回生のときに参加した夏ゼミ旅行だった。韓国・明洞(ミョンドン)のトッポッキ売場で「調理技術があれば死なないんだな!」と感じ入り、リアリティを目の当たりにしたのだという。己の調理技術と知識と意欲で、いったいどこまでやれるだろうか。自己表現の場として「イルピアット」がある、と彼は考えている。そして、自分は「イルピアットに選んでもらっている」とも。あくまでも彼の頭の中では「店ありき」。それゆえ、調理人としてのミズタニヨシオはオーナーではなく一店員だという感覚を持ち続けている。

 2.5坪の可能性をとことん追求したい。

 そのモチベーションを維持しながら、クビにならないように頑張ろうと自らを鼓舞する。なんとも変わった御仁だ。毎月のメニューを考えるたび、「もう何も出ない!頭打ちだ!と思うのに、2週間もたてば飽きてくるんです(笑)」と、手書きの黒板に目をやる。そして、「作って終わり」ではないサービスが目標だと彼は言う。一生に一度の贅沢な料理ではなく、毎日をささやかに彩る1シーンであるため。そのために必要だと考えたメニューを過不足なくきちんと出せるか、作業として美しく、無駄なく、充足したひとときを演出できているか。彼はいつでも「テストをしている感じ」だと、日々の仕事を分析してみせる。そして、反省もする。「うかうかする気分が課題なんです。時間をもっと上手に使いたい」と。

 真面目にやることは悪くない。
 正直者は裏切られない。

 それが、彼のモットー。意欲を持って獲得したことが積み重ねられ、思い描く理想へと繋がっていく。思うようにいかないこともある。どうにもならないことだってある。けれど、イルピアットを愛して、イルピアットに足を運んでくれる客がいる限り、彼はその全てに応えようとするだろう。「毎日一回は凹みますよ。9年やってても、仕込みに抜けがあったり、コックコート忘れたり。すぐ忘れるんで、実はキッチンに予備が置いてあるくらい(笑)」。完璧主義というか、理想が高いというか、彼はいつでも真っ直ぐで懸命だ。そして、彼の作る料理も真っ直ぐで真っ当な味がする。そして、それこそが調理人である彼のプライドなのだろう。

イタリアンシェフ-水谷啓郎

イタリアンシェフ-水谷啓郎

ブルーの扉を目印とする「イルピアット」は、なかなか予約が取れないトラットリア。そして残念なことに、2013年8月31日をもって夜の部終了が決まっている。公式発表より一足早くこの知らせを受け取った私は、即電話、即予約。8月末までにあと何回行けるか。きっと常客の誰もが同じ思いでスケジュールを調整しているはず。ゆえに、席の確保は容易ではない。

イタリアンシェフ-水谷啓郎

イタリアンシェフ-水谷啓郎

イルピファンは高リピート率ゆえ、たった7席の店内が顔なじみで埋まることもしばしば。干渉しすぎず、スマートに会話を楽しみ、快い距離感でワイングラスを傾けるのが「いつもの」風景。ここを訪れる食いしん坊たちは皆、社交的なのに慎み深く、居心地のよい空気に溶け込むことに長けている。予約状況はHPの「CALENDAR」から確認を。予約は電話かメールにて。

ケータリング会社代表でもある“ミズタニヨシオ”

 正直者のミズタニヨシオは、たった7席しかない小さな店を「身の丈」だという。常客の誰もが、その言には異論を唱えるだろう。「もう少し(店を)大きくしてはどうか」「2号店を街中に出してほしい」「もっと単価を上げてもいいのでは」――彼の周りで無責任にも頻繁に飛び交う助言や要望。だが、そのどれにも肯かず、彼は新たな道を選んだ。それが、「食画」と名付けたケータリング会社の設立だった。「皆がやってることはつまらないじゃないですか」と、彼は言い放つ。ああ、とても彼らしい言い分だなあ、と思わず笑ってしまった。そりゃそうだ、まったくもってそのとおり!と。彼の仕事への向き合い方を眺めていれば、それが生きることと同意義なのが見て取れる。だからこそ、楽しさや面白さを追い求める。もっと皆とわくわくしたい、と彼の目が物語っている。

「同じやり方だと市場は変えられない」というポリシーから、料理を通して「琴線に触れるサービス」を目指した。そんなとき、ふと彼の背中を押したのは……メトロで主催したフードパーティ(★2)での経験だった。イルピを愛する多くの人々が集い、ライブパフォーマンスを楽しみ、ミズタニヨシオの供する料理を味わう。そこには、いままでとは違った大勢ならではの「あたたかさ」があったのだろう。彼に起業への一歩を踏み出させるほどには。

 いままでインプットしてきた技術や知識を、アウトプットする場を店の外に求めてはどうか?
 大勢でわいわいと楽しみたいけどどうしたらいいの?
 子どもはいるけど……美味しいごはんが食べたい!
 そんな身近な人たちの希望を叶えるための手伝いがしたい。

 「いつもの暮らしに、ほんの少しを驚きを」という思いから生まれた会社は、親しい人たちが大きな食卓を囲んで食事を楽しむ「平和」と「安心」の時間と空間を実現するためのミズタニヨシオの新たなツールとなった。「ありがとう」や「おめでとう」の気持ちを伝える食事。それこそ、彼がイルピアットで学んだ精神を見事に体現しているのではないか。

イタリアンシェフ-水谷啓郎

イタリアンシェフ-水谷啓郎

食画が提供するケータリングサービス「どこでもレストラン」は、自宅などに出向く「おうちレストラン」、会社などを会場にする「しょくばレストラン」、屋外であれば「あおぞらレストラン」の3コース。テーブルのセッティングから盛り付け、もちろん片付けまで全てを請け負う。器やグラスも用意されているからご安心を。

写真左:ミズタニ氏の自宅兼会社のオープンハウスでの様子。訪れる知人・友人たちにパンフレットを配り、新しく誕生した空間と、食画が用意するパーティプランの紹介が行われた。おもてなしの気持ちにあふれた料理はどれも、ちょっとうれしくなる味がした。
写真左:鹿ケ谷のご夫婦宅で用意された、お祝いのランチケータリング風景。お互いを気遣う姿を見ながら、「ケータリングサービスを始めて良かった」と改めて感じたんだとか。

愛娘のために手料理をつくる“ミズタニヨシオ”

 新会社を設立し、店はいつでも満員御礼。9周年を迎えたミズタニヨシオは、順風満帆そのものだ。それなのに、8月末で夜の営業を辞めるという。突然のニュースに度肝を抜かれた。なぜ、いま? なんのために?

 答えはひとこと、「娘のためです」。なんて潔い決断だろう。

 わが子と向き合うこと、母親である妻へのサポート、調理人としての自分にできること。それらを考えた末、行き着いたのが「娘に自分が作った料理を食べてもらうこと」だったのだ。なんてシンプルな欲求だろう。幼い子の味覚を決めるのは、3歳までの食生活だと言われている。近年、出来合いのものや外食が多く、子どもたちは舌が鈍感になっているという。幼稚園児に薄い塩水と真水の飲み比べをさせると、半分以上の子どもが塩水と真水を逆に答えたという実験結果も出ているほどだ。また、共働きの家庭が増え、家族揃って夕食を食べる機会も減っている。それら「孤食(個食)」問題への取り組みをはじめ、食育は子育てにおいても重要なファクターだ。それを、彼は家庭内で実践しようとしている。愛する娘と妻の、ひいては自分自身のために。

ミズタニ氏の愛娘・かの子ちゃんは、パパの作るごはんが大好き。お父さんがあまりに料理上手だと奥様にはちょっとプレッシャー?なんて邪推してしまうのは、プロの味が毎日食べられるご家族への羨ましいさゆえ。どうか、ご容赦を。

 毎月新しく提案されるメニュー、利用客の単価上昇、夜の部における二交代制の導入と、イルピアットはこの9年間で常に変化、向上してきたといえる。彼曰く、「イルピアットの特性を活かした営業活動は完成した」。立ち止まれない性の人間にとって、軌道に乗ったがゆえの安定や居心地の良さは、前進するための意欲や気力を奪う。その毒性の強い誘惑こそ、彼が避けたいものなのかもしれない。
 彼は、店のHPで次のように記している。

「早朝おきて、お弁当と朝ごはんを用意する。嫁さんは仕事に出掛け、私はかの子を保育園へ送る。ランチの支度にお店へ行き、営業をする。翌日の仕込みと仕入れをして、帰宅する。かの子は嫁さんが迎えに行ったり、私が行ったり。それでも、晩ごはんは家族で食卓を囲む。晩ごはんを作りながら、翌日の朝ごはんとお 弁当の仕込みもこなす。お風呂を沸かして、家族順番に利用する。かの子を寝かしつけたら、読書と勉強。そして朝になる・・・・。 なんというか、欲しい風景でした。」

 一見、のんびりと優雅な生活のように映るかもしれない。けれどそれは誤解だ。子育ても料理も片手間で出来ることではない。彼のような真っ直ぐな男にとってはなおさらだ。別に何かのモデルケースになろうという心積もりなどなく、誰かのために自分を犠牲にするつもりもない。彼は彼自身のために行う諸々のことで、周囲が幸せであれば上々だと願っているだけなのだ。イルピアットで楽しく料理をすることで、多くの客が笑顔になってくれたように。とにかくいまは、娘の育児から多くのことを学びたい。それが、彼の最たる欲望であり、目標であり、日常になるべきものなのだ。

ひとつ、印象的なエピソードを聞いた。
「うちの営業をランチだけにしようと思ってるんです」と、ある人に投げかけた際に「その決断はあなたらしいですね」と言われたという。そして、その人は続けた。「それは芸術ですよ」と。完成されたものを壊すのは芸術なんだ、と。こんなにも美しい言葉をかけてもらえることが、人生そう何度もあるだろうか。ミズタニヨシオは、本当に愛されている。
 そんな彼が作り出す料理を、この先、一回でも多く、一日でも長く味わえることを願ってやまない。

京都拠点。その魅力とは―

「大学時代を過ごした街であったことが大きな理由です。大学生活は、私にとってのリセットボタンでした。自分の潜在能力を信じてみようと決断させてくれた街が、京都です。この街は場所を言うときに通り名で認識をします。通り名で認識する様式に、外国のような印象を持ちました。スタイル的にスッキリとして、縦と横の筋でグリッド化された街。このスッキリとしたスタイルには憧れを覚えました。自分が自分を認められるようになった街であり、文化的な気位の高さに憧憬を抱いた街でもありました。ひとえに京都は、私に可能性を与えてくれた街だと思うのですね。そしてその可能性を試させてくれている街。

 私はイルピアットで働きながら、京都には『正直に頑張る人を裏切らない気風』があると実感しています。その背景には、社長さんが多くいることや、職人さんが多く活躍していて、京都の人は真面目な人間が好きなんでしょうね。私は自身のすることに嘘をつけません。そんな性格だと、この街が過ごしやすく感じられるのかも知れません。

 同じ世代で、同じように頑張る人もたくさん輩出し続けている街。それだけで刺激的だし、自分も頑張って行こうという気にさせてくれます。常に何かを生み出したいと思う人間には、京都がいい。京都には役不足ですが、私は街に選ばれている気でいます。これまで過ごしてきた時間を大切に思いながら、これからもこの街に選んでもらえ続けられるように頑張りたいですね。」

イタリアンシェフ-水谷啓郎

 

★1 大学時代、カルチュラル・スタディーズという分析方法(作品内の関係性をバラバラにして意味を見出し、作品に込められた思想や意味を明らかにする手法)を用いてウルトラマンの作品分析を行っていた。「ウルトラマンは世相風刺番組だ」ということを明らかにするためのアプローチ方法を学んでから、社会に巻き起こる現象の「意味」を考えるようになったという。

★2 2010年10月31日にライブハウス「METRO」で開催された「ミズタニ行進曲プレゼンツ イルピアットオーケストラ!」のこと。「ミュージックコミュニケーション」をテーマに、ライブパフォーマンスとフリーフードでもてなされた。イルピをきっかけに集まったメンバーたちがミックスされて生まれる愉しさは、さまざまな音が共鳴して響き合う「オーケストラ」のごとく。ちなみに、「ミズタニ行進曲」は彼が綴るブログのタイトルから。

プロフィール:
text:山田 涼子(やまだ りょうこ)
しがないモノ書き、および高校の先生(国語科)。様々な媒体での執筆はもちろん、テレビ番組のリサーチ、京都特集のコーディネートなども請け負う。慣れ親しんだ京都の魅力を再発見するため、ライター&イラストレーター仲間で「ことり会」を結成。自分たちの好きなものだけ詰め込んだ「ことり会だより」の編集長も務める。
「椿屋」http://tsubakiya.gozaru.jp/
「ことり会」http://kotorikai.com/

Photo:松村シナ(まつむらしな)
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。2012年11月より「京都写真教室Tract」の講師も務めながら、日々写真の魅力を追求する。
「torico.」http://torico.petit.cc/
「Tract」http://www.tract-kyoto.com/

PROFILE

イタリアンシェフ-水谷啓郎

水谷啓郎-Mizutani Yoshio

1974年2月19日生まれ、愛知県豊橋市出身。20歳のとき、建築設計事務所勤務から調理技術を身につけるために名古屋のレストランへ転職。24歳で新規オープンのイタリアレストランの調理担当者として採用され西宮へ。同レストランでの経験から、「自分の調理技術だけでは食べて行けない」と一念発起し大学進学を目指す。2年後、立命館大学産業社会学学部入学。大学時代は「社会には意味がある」というロジックを論理的に展開する社会学に没頭(★1)。大学卒業を機に、同年6月に円町にイルピアットを開店。イルピアット8周年に合わせてケータリングを中心とするイベント企画会社「食画株式会社」を設立。
http://www.ilpiatto.net/

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