青幻舎マガジン

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.10

着物と日本髪に魅せられた
ヤマトナデシコが抱く夢
ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

 

 ウエディングを中心としたヘアメイク・スタイリストとして、業界の第一線で活躍する林真由美さん。取材をさせてもらったカラフルで可愛らしいご自宅 のインテリアや、個性的なファッションセンスからは想像もつかないが、彼女が得意とするのは、和装の花嫁だ。さらに現在は、歴史ある「日本髪」を極めるべく、髪結いの修行に邁進する日々を送る。「日本に古くから伝わる服飾文化や風俗を活かすことで、日本の女性はもっともっと可愛くなれると思うんです」と話す、現代のヤマトナデシコ。彼女が抱くその野望とはいかに?

text : 山口紀子/photo:桑原優希

ハレの日の「カワイイ」をつくる

 林真由美さんが活動するのは、主にブライダルの世界。そう、女性の「ハレの日」をもっとも美しく、輝かせることが彼女の使命だ。手がけるのは、ヘアメイク(=ヘアセッティングとメイクアップ)に加えて、ドレスや和装の着付け、時にはコーディネートも。ちなみに、メイクは顔のみならず、肩や背中などの露出する部分にも施されるため、花嫁の美しさは彼女の腕にかかっているといっても過言ではない。

 着付けは、18歳からコツコツと学び続け、現在は師範を持つ腕前。婚礼では、白無垢・色打掛・引き振り袖などを着付け、それに合わせたヘアメイクを施す。披露宴の途中には、お色直しやこまめな化粧直しも行いながら(特に猛暑の夏は大変。汗が吹き出ない工夫も施しながら)、式が終わるまで花嫁をサポート。もちろん、事前に行う婚礼写真の撮影(前撮り)の着付けを手がけるのも彼女の仕事だ。

 「大切なのは、メイクや髪型との全体的なバランス。花嫁さんのお顔の形や特長、身長など、全体を見てバランスよく仕上げること。そしてメイクも伝統にこだわり過ぎず、花嫁さんの希望を活かしてあげることが、可愛らしさを引き出す秘訣だと思います」と話す。それから、もう1つ「婚礼衣装がもつ、歴史や文化にふれてもらうとで、花嫁さんにとって新しい発見や広がりが生まれると思うんです」。

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

実際の結婚式だけでなく、婚礼衣装(ドレス・着物)の広告・カタログの着付け・スタイリングも手がける。写真左上は、京都のかんざし屋さん「おはりばこ」のハレの日のかんざしカタログ。

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

真由美さんが着付け・ヘアメイクを担当した花嫁さん。

文化を伝えるスタイリスト

 例えば「白無垢」。言わずもがな、白い掛下に白い打掛を羽織り、帯や小物、綿帽子に至るまですべてを白一色で統一した婚礼衣装のこと。室町期に始まったスタイルだと言われている。ふと、「どうして白一色になったと思いますか?」と、真由美さんに問われる。「女性の純潔の象徴かしらん?」などと、考えをめぐらせていると、「それももちろん正解ですが、”今から、嫁ぎ先の家風に染まります” という花嫁の決意の意味も強かったようですよ」と教えてくれた。

 花嫁衣裳に純白が貴ばれるようになったのは、平安朝にまで遡る。神事で用いられる神聖な色とされながら、同時に明治以前は「喪の色」でもあったというから興味深い。つまり、嫁ぐ家の色に染まるどころか、「一度嫁入りしたら、二度と生家には生きて帰らぬ」といった、当時の結婚に対する決意が込められた装いなのだ。

 そうした花嫁の覚悟は、婚礼衣装の意匠の一つである「懐剣(かいけん)」にも表れている。読んで字のごとく、帯にさす短剣のこと。嫁入り道具の一つが刀とは物騒な気もするが、かつては武士の妻として恥じぬよう、「いざというとき、自分の身を守れるように」という意味で用いられるようになったとか。「よく見ると、剣は純白の房で何重にも覆われているんです」と真由美さん。「中には親に決められた結婚が嫌で、自害される方もいたそうです。房をほどく間に、もう一度冷静に考えてほしいという意味もあったのでしょうね」(★1)

 真由美さんの話を聞いていると、当事者でない自分もついつい引き込まれてしまう。ましてや、衣装を身に着ける花嫁はより一層のことだろう。もちろん、真由美さんが伝えたいのは「花嫁に必要な覚悟」についてでは全くないし、忙しい本番に一から十までレクチャーしている暇もない。質問されたときや、ちょっとした雑談として、歴史や文化を紹介する程度だそう。「それでも、」と続ける。歴史ある婚礼衣装に身を包む日、遠い昔に嫁いでいったお嫁さんたちの想いをちょっぴり追体験することで、花嫁さんの心の幅が、ほんの少し広がるんじゃないか、そんな風に考えているのだ。中にはこれがきっかけで着物文化に興味をもつ人がいるかもしれない。大変なことであってもがんばろう!と元気づけられる人もいるかもしれない。どう受け取るかは、その人次第でいいのだ。

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

こちらも、真由美さんが手がけた花嫁さん。上の女性は白無垢に「角隠し」を被っている。怒りを象徴する角を隠すことで、従順でしとやかな妻となることを示すとか。下の女性は綿帽子。挙式が済むまで新郎以外の人に顔を見られないようにするため。

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

昔の風俗・文化を知ることが好きだと話す真由美さん。古い文献なども参考にしている。

紆余曲折からの猛ダッシュ!

 さて、ここで真由美さんのこれまでの歩みをご紹介(まるで、結婚式の司会みたいだけれども)。「若い頃は、やりたいことを一つに絞れなくて、フラフラしていた時代がありまして(笑)」と話す通り、ファッションとパンク・ロックに魅了された高校卒業後は、パティシエやテキスタイルデザインの仕事をしたり、ホテルでアルバイトをしたり、カラーコーディネーターの学校へ通ったりと、若さゆえの自由気ままな時代が続いたという。

 ただし、18歳で始めた着付けはずっと習い続けていたそう。習い始めたきっかけは、「当時おつきあいしていた男性が美容師で、着付けができたら将来彼の役に立てると思って(笑)」と実に乙女チック。その男性とはその後まもなくお別れするものの、お稽古だけは続けていたそう。やがて、着物の奥深さ、コーディネートの面白さに開眼し、将来の仕事として活かしたいと思うようになる。ところが、リアルに仕事にしていくためには、ヘアメイクの技術も必要。そこで、一念発起。22 歳で美容師の世界に入った。

 22 歳のスタートは、世間一般的には決して遅くはないが、美容師の場合は、高校卒業後から目指す人が多いため、既に同世代とは4年間の差があった。しかし、そのブランクを埋めるべく猛努力を重ね、入社後1 年半でスタイリストに昇格。通常4~5 年かかるところをふまえると、圧倒的な早さである。

 「当時は、次に仕事を辞めたら絶交ね、と友達に釘を刺されていました(笑)」と話すが、迷っていた時代がある分、一度道がつながったらあとはもう一直線。やがて30歳で独立、現在では社員1名、スタッフ2名を抱え、広告や雑誌、CMから、とある企業の社長のスタイリストとしても活躍する。また、今年オリジナルのヘッドドレスのブランド『amie』も立ち上げた。

 「昔から『できない』ということが嫌いで、できなくても『できます』と言ってしまうタイプ(笑)。ある意味度胸があるというか……。その度に、裏で猛特訓をして、壁を乗り越えてきたのかもしれません」。

オリジナルのヘッドドレスのブランド『amie』。真由美さんと、フラワーアーティストの長尾篤子さんのコラボレーションによるもの。オーダーメードで製作。

目指すは、髪結いの後継者

 真由美さんが現在取り組んでいることの一つが、日本髪——古代から伝わる日本独自のヘアアレンジ、の習得だ。その主な特徴は、ブラシを使わず「つげ櫛」だけで仕上げること、ヘアゴムを使わず「元結(もっとい)」という紐で髪を結ぶこと、ワックスなどの代わりに「鬢つけ油」を使うこと。現代でも歌舞伎や時代劇などの演劇・ドラマのかつらや、舞妓さんの地毛結いで息づいており、花嫁衣装の定番の髪型「文金高島田」もこの一つ。通常はかつらで済ませられるが、地毛で結ってほしいという希望にも応えるため、また、髪結いの技術を用いて今までにない新しいスタイルを提案したいと考えている。

 彼女が門を叩いたのは「京都美容文化クラブ」(★2)。古墳時代(!)から昭和初期まで、各時代の髪結い文化を理解・習得し、それを次代に伝えていくことを理念とする団体だ。その取り組みの一つが、毎年9月第4月曜日に行われる「櫛まつり」。安井金比羅宮で櫛供養を行った後、約50名のモデルが、各時代の日本髪と風俗衣裳をまとって祇園の街を練り歩く、なんとも艶やかな時代行列だ。このお祭りで真由美さんは、今年初めて髪結いとして参加することを許された。選んだ髪型は、大正時代の「耳かくし」(写真)。竹久夢二のイラストでもおなじみのハイカラなスタイルだが、美しいウエーブを描いていくのはかなりの至難の技。仕事の合間に何度も練習重ね、本番を迎えた。

 お祭り当日の9月23日は、見事な秋晴れ。祇園白川に花見小路……風雅な町を練り歩く行列の中で、彼女が担当したモデルさんはひときわ美しかった。「モデルさんの骨格も見ながら、可愛く似合うように結い上げた」という髪型はもちろん、「水化粧(★3)」によって、透き通るような透明感と立体感を見せたメイク、抜きをうまく作りながら粋に着付けた大正時代の着物、そしてモデルさん自身の立ち姿、身のこなし。全体のバランスがとにかく素晴らしいのだった。「技術面では、及第点はまだ先です」と、真由美さんはきゅっと口を結ぶが、常に「まとう人」そして「お洒落」を一番に考える彼女のまっすぐな想いを垣間見た気がした。

 真由美さんは言う。「和装に似合う髪型としてこんなに長く愛されてきたのだから、髪結いには、もっと現代に活かせる要素があるはず」と。そんな彼女には、ひそかに抱く夢がある。

 「京都の街をもっとお洒落にしていきたいんです。今はハレの日の仕事が中心だけど、京都の街の日常、『ケ』の日だって、着物でお洒落に過ごせるように応援したい。まずは、大好きな明治・大正時代の髪結いを極めることが、小さな一歩だと思っています」。

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

日本髪を結う「つげ櫛」(写真は多種あるうちの一部)。つげは櫛材の最高級品として使われ、万葉集にも出てくるほどの歴史が。

 

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

「櫛まつり」の時代行列。安井金比羅宮を出発し、祇園白川や花見小路を練り歩く。

 

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

真由美さんたっての希望で、「耳かくし」のモデルを担当した北井香里さん。京都のかんざし屋さん「おはりばこ」の女将さんで、着物が普段着であるほどの着物好きの方。立ち姿・歩き姿も群を抜いて美しく、つい溜息がこぼれてしまった。

イタリアンシェフ-水谷啓郎

京都拠点、その理由とは。

 「かつて都があった街・京都で、着物や髪結いの仕事に携わることができることは、本当に幸せなことだと思います。伝統文化を丁寧に守り伝えている方たちから直接学べるのですから。同時に、この街には異なる伝統分野で奮闘している同世代の仲間が多いので、とても心強いですね。私の役割は、伝統とブライダルや広告という「ファッション」を組み合わせて、新たなスタイルを作り上げていくこと。ただ斬新なものではなく、底辺にある文化・風俗をしっかり理解した上で、その「精神」を伝えられるスタイルを提案していきたいと思っています」

 

★1 剣は大昔から神の宿るものとして神聖視されてきたため、「魔除け」のお守りの意味もある。「懐剣」は結婚の契り後は「持ってはいけない」と言われている(守ってくれる伴侶がいるのだから、剣は不要という意)。「だから本当は、披露宴のときには懐剣は外さなくてはならないんです。今は意匠として定着しているのでそのままになっていますが」と真由美さん。

★2 有職美容師として葵祭での斎王代や、時代祭の婦人列の着付け、伊勢神宮御斎主装束の着付けなどで活躍する、ミナミ美容室・南登美子先生が会長を務める団体。

★3 白粉(おしろい)を水で溶いたものを刷毛で塗っていく、日本独自の化粧法。顔のほか、うなじや手にも施すこともある。

プロフィール:
text:山口紀子(やまぐちのりこ)
ライター・編集者。新潟生まれ。
好奇心と向こう見ずな性格が高じ「日本の根っこ」を探るべく東京経由で京都へ。地域に根付く豊かな文化や手仕事を発掘すべく活動中。共著に『京都こっとうさんぽ』。
http://kyotosumu.jugem.jp/

Photo: 桑原優希(くわばらゆうき)
写真家。NY市立ハンターカレッジ卒業。現在拠点を京都・東京に移し広告、雑誌、書籍を主に活動中。新宿区に住む移民の子供を中心に写真ワークショップを展開中。文化、人、旅、生活をテーマにした写真表現を目指している。
http://yuukikuwabara.com

PROFILE

ヘアメイク・スタイリスト-華林 林真由美

華林 林真由美
Hayashi Mayumi

 「ヘアメイク・スタイリング 華林」代表。京都市出身。高校卒業後、様々な仕事や独学を積み美容の世界へ。美容師として8年間サロンで経験を積んだ後、独立。ブライダルや雑誌、CM を中心に幅広く活躍。着物着付け師範の資格を生かし、和装のウエディングも得意とする。現在は日本髪を極めるべく髪結いの修行中。
http://karin-m.com/

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