青幻舎マガジン

大覚寺広報―柳斎生

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.13

各種メディアを使い「大覚寺」の
イメージをつくる広報という仕事
大覚寺広報―柳斎生

 

 お寺の広報って??――これって、多くの人が浮かべる素朴な疑問ではないだろうか。ざっと電話帳を繰ってみるだけでも、京都市内で1000を優に超える数の番号が寺院として登録されている町にあっても、大半の人が「お寺の広報さん」と直接やりとりをする機会がないのだから。私が彼に初めてお会いしたのは、世界的にも有名な某ファッション雑誌のロケでのこと。早朝から大覚寺の境内をお借りして、モデル撮影を行っていたときだ。曲者揃いの撮影は、これがけっこう大変で、コーディネーターとして同行していた私とお寺の窓口だった彼以外は全員が東京(フォトグラファーは海外から!)組だったため、細かいニュアンスの伝達にも苦心することになった。吊橋効果というか、映画『スピード』状態というか(笑)……要するに、タッグを組んで乗り切る羽目になったのである。(注:残念ながらいまだ恋は芽生えていないのであしからず)
 しかし、その撮影で彼がいてくれなかったら……考えるだに恐ろしい。それほどに、「お寺の広報さん」は頼もしかった。矢面に立つにも関わらず、縁の下の力持ち。そんな彼の仕事について迫りたい。

text:山田涼子(椿屋)/photo:松村シナ

まずは、大覚寺を愛すること。

大覚寺広報―柳斎生

柳さんが寺内で一番好きな場所「村雨の廊下」。諸堂を結ぶ回廊で、縦の柱=雨、直角に折れた回廊を稲光にたとえて、この名がついた。床は鴬張りで、刀や槍を振り上げられないように低く造られた天井が特徴。昼下がり、光射す板間を眺めていると心が穏やかになるのだとか。

 大学ではデザインを学んでいた柳さん。僧侶でもないのにお寺で働くことになるとは、その頃の彼は欠片も想像しなかったに違いない。それがいまは、寺内でWEBやチラシなどのデザインを担当しながら、広報窓口として日々、様々な媒体からの応対に追われている。例えば、映画のロケハン(★1)、雑誌の取材、テレビの中継生放送、CM撮影。多くのメディア関係者が訪れる中、買われたのは果たしてデザインの腕だったのか、コミュニケーションスキルだったのか。電話をかけるタイミング、ちょっとしたメールのやりとり、現場での臨機応変な対応、アクシデントに対する処理能力、上司へのプレゼン、僧侶たちへの根回し。どれも濃やかな心配りを必要とする。さらには、取材日を相談し、寺内でのスケジュールを調整し、掲載原稿の校正まで。……やることはいつでも山積みだ。それもこれもすべて、大覚寺の魅力を存分に伝えることを使命と心得ているから。

 とはいえ、使命感だけでは務まらないのも「広報」という仕事ではないだろうか。各社の広報さんと仕事を重ねているからこそ、いつも痛感させられていることがある。「ああ、この人は自社の製品が本当に好きなんだなぁ」と思える人との仕事は上手くいく、と。それは対象がお寺でも同じこと。「旧嵯峨御所」(★2)の名に相応しい風景しかり、四季折々の行事、1200年もの年月が今に伝える歴史、数々の名宝、いけばな嵯峨御流(★3)の精神が、すべて「商品」なのだとしたら、それらをいかに正しく美しく伝えていくか、それらをどう活かして大覚寺のイメージを確立していくか、それこそが「お寺の広報さん」の役割だ。そして、何が求められているのかというニーズを知るためにも広くアンテナを張り巡らし、多くの人々と交流を持ち、参拝客一人ひとりを大切にする心も忘れない。そうして、新しいことにも果敢に挑戦しつつ、守るべきものを置き去りにしないギリギリのラインを見極めること。そこから生まれるものが、1200年先も大覚寺が愛される理由になる。彼の信念を、そんなふうに感じるのだ。

大覚寺広報―柳斎生

云わずと知れた大覚寺の名勝地「大沢池」。周囲はおよそ1.2kmもあり、現存する日本最古の人工林泉。中国の洞庭湖を模して造られたことから、庭湖とも。池中には天神島・菊ヶ島と庭湖石、ほとりには社や石仏群などがあり、国指定の名勝地に。初夏に湖面を埋め尽くす蓮の花は見事というほかない。

大覚寺広報―柳斎生

「嵯峨の竹林」は、嵯峨天皇1150年御忌大法会が営まれた際に、景観整備されたもの。「嵯峨の梅林」の北側に位置し、約7000本の竹に囲まれた静かな一画。時代劇の殺陣シーンなどでよく登場するが、最近では某クルマのCMでも使われた。

たとえば、こんなタイムスケジュール。

大覚寺広報―柳斎生

今のご時勢、HPやSNSの管理・更新も広報の欠かせない業務。iPad&iPhoneを使いこなすのと並行して手帳も手放せない。手書きのメモに図解や絵が多いのは、やはり仕事柄か。

9:00

出社 ⇐大覚寺では朝礼時に般若心経を唱えます。

9:10 課内打ち合わせ ⇐春や秋は、ドラマ、CM、映画に関する問い合わせ、ロケハン、撮影が多数!
9:50 フライヤー、ポスターなどの制作業務ホームページやSNSの更新、記事制作
10:50 映画のロケハン立ち合い
11:20 境内の様子をチェック(と同時に、SNS用の写真なども撮影)
12:00 昼食 ⇐大覚寺には食堂があります。好きな定食メニューは「豚のしょうが焼き」。
13:00 メールチェック寺内行事・イベントの打ち合わせ寺内の案内
14:00 午前中の制作業務の続き
14:40 他課との打ち合わせ
15:00 広報物撮影立ち合い ⇐季節を問わず、大沢池の夕暮れ時は非常にキレイです!

 

とある一日、「観月の夕べ」では。

 一年を通して多くの催事・行事があり、それらの企画・運営も大事な仕事のひとつ。毎年、中秋の名月に催される「観月の夕べ」は、夜空に煌々と輝く満月と大沢池の水面に揺れる月を同時に愉しめる優雅なイベントだ。

 この日の柳さんに密着した。

大覚寺広報―柳斎生

 

大覚寺広報―柳斎生

明るいうちから参拝に訪れる人々は、夕暮れの空から朱色がなくなり、ゆっくりと山際から姿を現す満月を時間をかけて愛でる。法会を行うのは、大沢池に架かる既存の桟橋の先端に6m四方で設営された舞台。

 

当日は大沢池に浮かべた龍頭鷁首舟での舟遊びが体験できる。舟乗り場から池のほとりに沿って、長蛇の列ができることも。船頭は若手の僧侶たちの仕事だが、柳さんも昔借り出されたことがあったとか。

大覚寺広報―柳斎生

 

大覚寺広報―柳斎生

当日限定販売した御用達「千本玉壽軒」とのコラボ商品「きらきら、ゆらゆら」(1個330円)。揺れる水面とそこに映り煌く月光をイメージした繊細さが目を引く、大覚寺初のオリジナル生菓子だ。なんとデザインは柳さん!

 

そのデザイン案のスケッチがこちら。半年以上前から試行錯誤を重ねて、双方納得のいく仕上がりに。しかし柳さん、絵が上手すぎやしませんか……。

大覚寺広報―柳斎生

 

大覚寺広報―柳斎生

その和菓子を販売していた千玉さん(千本玉壽軒の略)のテントに立ち寄って、「どうですか?」と声をかければ、「おかげさまで」と売れ行きの報告。中でも「きらきら、ゆらゆら」は茶席での抹茶に添えられたため、実際に食べて気に入った人が土産にと買って帰る姿が目立った。

 

続いて、売店にも顔を出す柳さん。「参拝者の方々と直接一番近いところで接している彼女たちの感想や意見は本当にタメになるんです。マメに立ち寄って仲良くなると、リアルな声が聴けて、リサーチに役立ちますから」と、人懐こい笑顔に。仕事熱心すぎですよ!

大覚寺広報―柳斎生

 

大覚寺広報―柳斎生

近隣はもちろん、全国から訪れる人々で賑わう。今年は一週間前に嵐山を大雨・洪水が襲い集客が懸念されたが、心待ちにしていたリピーターたちが多数参拝した。

 

ライトアップされた御影堂前の石舞台。元は本堂である五大堂が建っていた場所で(現在の五大堂は大沢池西側に移築)、雅楽や舞楽などを行う場として使われている。ちなみに、正面には切妻造の屋根と漆と金の飾りが施された軒唐破風の勅使門が。

京都拠点、その魅力とは。

 「京都で生まれ育ったことが大きいです。物心つく前から両親にフランソワやイノダコーヒー、丸善(現在は閉店)、平安画廊(現在は閉廊)、京都市美術館に連れられたので、いつの間にか京都の空気を吸い込んで育っていました。

 デザインや美術が好きで、ものづくりに関わりながら過ごしていますが、これまでの生活やお仕事、デザイン、作品制作、そして1200年前に建立されたお寺で働いていること。それら全てに京都が欠かせないし、欠かせなかったですから、これって『京都にいなさい』ってご縁なんじゃないかと思います。いまだものづくりに関しては京都に触発されっぱなしです。今後のことはわからないけど、ものづくりに関わりながら京都から離れられないだろうなって確信しています。」

 

★1 ロケーションハンティング(撮影現場の下見)の略。当時から変わらぬ風景は、とくに時代劇のロケ地としても有名。最近では『天地明察』『武士の献立』など数え切れないほどの映画やドラマの舞台として使用されているため、そのスケジュール管理も広報の重要な仕事のひとつ。

★2 大覚寺は皇室ゆかりの寺院。弘法大師空海を宗祖と仰ぐ真言宗大覚寺派の本山で、正式には旧嵯峨御所大覚寺門跡と称する。大覚寺の前身である離宮嵯峨院は、平安初期に嵯峨天皇ご成婚を機に建立されたもの。明治時代初期までは、代々天皇もしくは皇統の方が門跡(住職)を務めた格式高い門跡寺院としての歴史を持つ。

★3 いけばな嵯峨御流は、平安初期、大沢池での舟遊びの折に嵯峨天皇が菊ヶ島に咲く菊を手折り、殿上に捧げられたことを発祥とする。全国のいけばな嵯峨御流教室では、嵯峨天皇の自然や草花に対する慈しみの精神が受け継がれている。

プロフィール:
text:山田 涼子(やまだ りょうこ)
しがないモノ書きと二足の草鞋で、高校・専門学校の先生(国語科)も。
様々な媒体での執筆はもちろん、テレビ番組のリサーチ、京都特集のコーディネートなども請け負う。慣れ親しんだ京都の魅力を再発見するため、ライター&イラストレーター仲間で「ことり会」を結成。自分たちの好きなものだけ詰め込んだ「ことり会だより」の編集長も務める。
「椿屋」http://tsubakiya.gozaru.jp/
「ことり会」http://kotorikai.com/

Photo:松村シナ
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。2012年11月より「京都写真教室Tract」の講師も務めながら、日々写真の魅力を追求する。
「torico.」http://torico.petit.cc/
「Tract」http://www.tract-kyoto.com/

PROFILE

大覚寺広報―柳斎生

大覚寺広報―柳斎生
Yanagi Issei

1974年京都生まれ。京都市内の芸術大学でグラフィックデザイン、ヴィデオアートを学ぶ。働きながら作品制作や様々なデザインなどものづくりに関わり続ける。2009年、縁あって「真言宗大覚寺派大本山大覚寺」で広報/デザインを担当することに。所属は、教務部 企画推進課。
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