青幻舎マガジン

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.19

先人たちの心を受け継ぎ
いまに接続する茶の湯を。
茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

 

 ある日、「鴨茶って知ってる?」と訊かれた。鴨?鴨が背負ってくるのは茶ではなく葱ちゃうの?と思いながら調べてみたら、「鴨ん会」という茶の湯集団がヒットする。なんでも、野点のセットや組立式茶室を運び出し、青空の下で茶を振る舞うという。会の名は、活動のきっかけであった鴨川を心の拠り所とし、「お茶が気になる人は誰でもCome on!」という思いから駄洒落でつけられたもの。「あ、お茶ってそうなんだ」という気づきを提供すべく、気軽にお茶を振舞う活動だった。その仕掛け人が気になった。さっそく鴨茶の存在を教えてくれた友人を伝い、代表の中山福太朗さんが暮らす「陶々舎」へお邪魔してきた。

text:山田涼子(椿屋)/photo:松村シナ

利休コードを解き明かし、新しいコードを作る。

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

 高校時代、弓道部に所属していた中山さん。矢を番え、弓を引き、射る、その美しい動作に夢中になり、「いかに綺麗に体を動かすか」ということに力を注いでいたという。大学で茶道へと足を踏み入れた当初も、「綺麗にお点前をすることがすごく大事だった」。しかし、そこはあくまで入口にすぎない。そこから「いかに美味しく飲んでもらえるか」へと心構えは変化し、「お茶って人なんですよね」と言えるところまで来た。
 学生時代は、裏千家学生茶道研究会にも参加し、20以上の大学から集まってくる茶道部の学生たちと、合同茶会や行事の運営を行った。「そのときは分からなかったけど、今思えばつながりが出来たことが大きかった」と当時を振り返る中山さんの中には、「お客さんがいてこそ」という想いが強くある。学ぶ心を忘れずに、どうすればお茶の魅力を伝えていけるか。苦心の日々だ。

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

 学生時代、部にはちょうど彼の在籍期間、指導の先生がいなかった。先輩や本から学び、稽古を続けた。3回生のとき、とあるイベントで釜をかけていた外国人との出会いが、大きな衝撃を与える。サンタクロースともアインシュタインとも思える風貌のカナダ人は、大学卒業後、彼の“お師匠さん”となる。それまで出会ってきたお茶の先生と呼ばれる人たちの多くは、「お茶のためにお茶をしているようだった」。茶室はあっても、リビングや玄関は「家」としてごちゃごちゃしていて、お茶と日常生活が、リンクしていなかった。しかし、お師匠さんの場合は、家全部が茶室そのものだったという。初めて訪れたとき、目から鱗が落ちたような心持ちになった中山さん。先生の稽古場に入門、教えに触れるうち、「大学の4年間で(茶道を)分かったような気になっていたけれど、全然だった」と痛感する。「私のお師匠さんは、チベット仏教から茶の世界に入った人。ですから、稽古では心を教えてくださる。今、こうしてお茶をしている自分があるのは、先生のおかげ」。
 そんなお師匠さんの口癖は、「Who are you?」。
 じっと目を見詰めて、折々、尋ねられるという。「君は、何のためにお茶をしているのか?」と。
 お師匠さんに答えを訊いても、にやりとするだけのこともあり、訊くたびに答えは変わるという。「何者なんだろうなぁ…。お茶を一服差し上げて、ほっとしてもらえたときに、これかな、と思うこともありますが……」。答えは言葉にならない。常に自問しなければならない大きすぎる問いだ。

 茶道。その一言は奥深く、少し排他的な香りすらする。「お茶なんて、美味しく、楽しく飲めればそれでいいじゃないの」という気持ちを抱えながら、どこかで後ろめたさを拭い去れない。知っていて損はないと分かっているのに、どうにもハードルが高い。そんな人が少なくないことを知っているからこそ、中山さんは一服を気軽に愉しんでもらえる「鴨茶」を始めたのだろう。
 SNSが普及し、困ったらヤフー知恵袋が何でも教えてくれる世の中になった。中山さんはそれを嘆くのではなく、インターネットの便利さを受け止めながら、そこにはないものの価値を体感している。「吐いた息が狭い空間に響く感覚は、ここ(茶室)でしか味わえないものです」。無駄な堅苦しさはいらないが、「知識だけでなく、稽古をして体で受け継ぐことは、茶を積み上げてきた先人と繋がること」だと肌で感じているという。
 多くの不思議を体感し、考えることに意味があり、茶という伝統のそこかしこにあるコード(暗号)を解き明かしたいのだと。それは、「ダ・ヴィンチコードならぬ利休コード」だと中山さんは評する。そして、ただ解明するだけに留まらず、自分が新しいコードを作成できたら――。「いずれ誰かが、それを紐解いてニヤリとしてくれれば」と企み顔に。
 そもそも京都は、茶を楽しむインフラが整っている、というのが中山さんの考えだ。ここ陶々舎だけでなく、社寺での月釜など、一般の人が飛び込みで参加できるものも多い。「茶道といったとき、皆がハードな稽古をする必要はないと思う。お茶会でお茶を頂く作法だけでもいい。そういう、ちょっとできるだけでもいい、ということが一般的になれば…」もっと茶の湯の魅力に触れられる人が増えるのではないか。

 中山さんの話を聴きながら、彼の点てる茶を飲んでみたくなった。そんな心を察してか、撮影用に丁寧に点てられた一服を頂戴することに。淀みのない滑らかな所作で点てられた抹茶をひとくち。頭でっかちになりがちなあれやこれやを一瞬にして吹き飛ばす……とまではいかずとも、ほんの束の間、どこかへ追いやってくれるような、素直な味わい。まるで、彼自身の人柄を映すような真っ直ぐさと奥深さ。素朴なようで、同時に、掴みどころがない気もして、愉快だった。でもきっと彼は、そんなふうにぐるぐると考えるのではなく、ただ美味しく飲んでもらえればと、その笑顔の下で思っていたのかもしれないが。

「お茶しない?」という言葉の、豊かさを知る。

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗 茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

 「お茶」と一言で表わすとき、「飲み物としての茶と、文化としての茶」を切り分けると分かりやすいと、中山さんは言う。そして、肝要なのは「敬う心をカタチにできるか」どうか。
 「お茶しない?という文句は、言葉に含みが多すぎるんですよね。様々なことが『お茶』という名の下に行われている。カフェでコーヒーを飲む、抹茶を茶室で差し上げる。でも、どの場合も、飲むことそのものが目的でないことが多い」。確かに、日常的に使う「お茶をする」という表現と、茶の湯の場面での「お茶」は、人の気持ちとしては大差ないのかもしれない。
  「茶の湯なう」なんてつぶやいたってかまわない。「マックに行くし、スタバにも行くし、クラブにも行く人が、大学でお茶をしていることが面白い」という彼の言葉には実感がこもっている。「どうあるべきかとは思わないんです。今、どうあるかと知りたいだけで」。そして続ける。「いま現在に接続しながら、茶を積み上げてきた古人たちの心や感覚を受け継ぎたい」と。「蛍光灯の下でマックの味を知った私たちが、Perfumeを聴きながらどんなお茶をするのか。伝統文化なんて言葉に惑わされず、いま現在生きている自分の感覚で、それをいいと思うかどうかを判断していい。利休は死んでしまいました。今、現世に生きている私たちが、尊い。その私たちが、何をいいと思うのか――そこに魅かれます。誤解を恐れず言えば、家元制度はシーラカンスみたいなもの。あのまま生き続けていくことが大切なのだと思います。そのまま、ずっと受け継いだものを伝えてもらわないといけないし、それが博物館に収蔵されるのではなく、生きたものとして存在することに、大変な意義がある。私たち市井でお茶をしている人間はそうはなれないし、そうなる必要もない。トビウオにならなきゃいけないし、機動力も必要です。守らないといけないものがあって、好き勝手にしてはいけない人たちがいてくれるからこそ、私たちが自由に動くことができる。それは本当にありがたいことです。家元が山の中心軸だとしたら、今はまだ尖がった山なのかもしれません。高さは変えずに傾斜をなだらかにして、裾野を広げられれば、生態系は豊かになるだろうし、人は登りやすくなるし、登山ルートも増える。それでも皆、その山から同じ月を見ているのなら、それでいいと思うんです」。
 守ることと、新しいことを始めることが同時に出来ないなら、それぞれを別の人間が担えばいい。中山さんの思考と姿勢は柔軟だ。「南禅寺とインクラインみたいに、隣にあって、時代も趣きも違うのに不思議とマッチしている……そんなふうにあれたら面白いですよね」。
 インフラを活用しやすい土壌だからこそ、やり方次第ではいくらでもソフトユーザーを増やすことが可能だ。そう考える中山さんが、今後どんなことに挑戦し、どんな成果を見せてくれるのか。そして、どんなつながりを生み出していくのか。期待に、胸が踊る。

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗 茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

毎月開催される陶々舎の「月釜」はいつも満員御礼。薄暗い空間で、すぐ傍にいる人たちの息遣いを感じながら、供される一服の茶を通して、多くの言葉にならぬ語らいを交わす。日常の延長線上にあるはずの非日常に身を浸す時間こそ、本当に受け取ってもらいたいもの…なのかもしれない。

中山さんの茶道具たち
「道具は、手段であって目的ではない」

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗 茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

左:淡い桃色の菓子は、桂離宮の州浜を表現した「京の離宮」。やわらかな小豆羹をそぼろ餡で巻き上げたものを三角にカットした。もう1点は、利休も好んで使っていたという「麩の焼き」を。選ばれる菓子は、季節感はもちろん、主人の感性やもてなしの心を体現しているため、味覚だけでなく視覚や感覚でも味わいたいもの。
右:「竹も麻も、昔は身近にある、粗末な素材だったという先生の話から」作ったアルミ製の茶杓。茶杓は昔から、茶をする人たちが自身で削ってきたもの。「削った人の、その人らしさが伝わるものです」。また、小鉢を茶碗に見立てた器は、好きな陶芸家の作品。「ご本人はムラなく仕上げたかったのでしょう。上手くやりたくて、失敗したところにグッときます(笑)。怒られるかもしれませんが、この人のB級品が好きなんです」

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗 茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

左:水指として使用している美しいエメラルドグリーンのガラスの器は、「洋菓子を入れたものだと思います」と中山さん。骨董市や古道具屋などに足を運び、琴線に触れるものを探すことも楽しんでいる。
右:中山さんの茶箱。箱は、マダガスカルから来たというアイアンボックスで、蓋を閉めるのは麻紐を使っている。茶杓入れは、100円ショップのネクタイをほどいて作った。



茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

掛軸には「看脚下(かんきゃっか)」の言葉。自分の足元を見よ、という意味の禅語で、転じて「己の立脚するところを見失うな」「常に自戒せよ」といった意味でも用いられる。「先生のお宅の、玄関へ至る階段を上り切った、足元に彫り込んである言葉です。」花入は蝉籠。「蝉も亡骸が多い時期になりました(撮影は晩夏の残暑厳しい午前中でした)ので、普通は掛花入として使いますが、床に置いて朝顔を。花は野にあるように、とお茶では言うけれど、切り取ってしまうからには、野にある美しさ以上のものにしてあげたい」

京都拠点、その魅力とは。

 「川もあるし山もあるし、エリアごとに全然違う魅力を持つ京都。タテとヨコが絡み合って、密度が高い人の暮らしがあると思います。例えば、イケズって何なのかな?と考えたら、狭い空間で上手く生きていくために生まれた手段ですよね。京都の人たちは、他人との距離の詰め方が上品です。距離の取り方が上手なのは、色気ではないでしょうか。グレーの濃淡が幅広い、と言ってもいい。分かりにくいのがいいな。言葉にできないことが多いのも好きです。茶室ではあまりたくさんしゃべってはいけないという茶の湯の教えに通じるような、しゃべると吹いて飛んでいってしまうような雰囲気を、大切にできる土壌があると感じます。本当の意味で『和』を考えるいい雰囲気は、京都ならではかもしれませんね」

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗


プロフィール:
text:山田 涼子(やまだ りょうこ)
しがないモノ書きと二足の草鞋で、高校・専門学校の先生(国語科)も。様々な媒体での執筆はもちろん、テレビ番組のリサーチ、京都特集のコーディネートなども請け負う。慣れ親しんだ京都の魅力を再発見するため、ライター&イラストレーター仲間で「ことり会」を結成。自分たちの好きなものだけ詰め込んだ「ことり会だより」の編集長も務める。
「椿屋」http://tsubakiya.gozaru.jp/
「ことり会」http://kotorikai.com/

Photo:松村シナ
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。2012年11月より「京都写真教室Tract」の講師も務めながら、日々写真の魅力を追求する。
「torico.」http://torico.petit.cc/
「Tract」http://www.tract-kyoto.com/

PROFILE

茶の湯集団「鴨ん会」代表 中山福太朗

茶の湯集団「鴨ん会」
代表 中山福太朗
―Nakayama Fukutaro

埼玉出身。母方の実家がある京都に憧れ、立命館大学理工学部へ進学。大学時代は茶道研究部に所属。2013年6月、「陶々舎」立ち上げに参加。「陶々舎」は、大徳寺の西側に位置する昭和初期に建てられた民家で、一室を茶室として改装、そこで20代の若者3人が共同生活を送っている。ほか2人のメンバーは、外国生まれ外国育ちの日本人・天江大陸、裏千家みどり会でお茶を学んだチリ人のガイセ・キキ。月釜や利き抹茶の会など、定期的にイベントを開催している。

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