青幻舎マガジン

自転車アクティビスト KaO

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.21

人も町も生活も。
自転車で「魅力を伝える」メッセンジャー
自転車アクティビスト KaO

 

 彼女は、人が自転車に乗っている姿が好きだという。そう話す彼女が、自転車を漕ぐ後ろ姿もいいなと思った。京の町を颯爽と駆け抜ける姿と、振り返る彼女の楽しそうな笑顔と。心地よいスピードで、大切なことを丁寧にキャッチしながら、いつもより少し遠くへ行けるワクワク感がにじみ出ているようだった。 KaOさんは、「自転車」を通じて、毎日の暮らしを楽しくするイベントや、日本各地の魅力を再発見するツアーを企画している人。会うたびにいつも楽しそうで、日々あちこちと飛び回っているのに、地に足がしっかりついていて、すっと伸びる軸が見えるような気がする。「好きなことを仕事にする」ということは、こんなに素敵なものだとは。その魅力を知りたくて、彼女のこれまでを追ってみた。

text:ヤマグチノリコ/photo: 松村シナ

「暮らしの道具」としての自転車

 自転車にまつわる取材活動から、広報活動、イベントの主催まで。「自転車と人」をテーマに、日々新しい仕事を作り出しているKaOさん。彼女は自らを「自転車アクティビスト」と名乗っている。彼女が尊敬するかつての上司が名付けてくれたそうだが、日本語にするなら ”自転車活動家”、または ”自転車行動主義者” といったところだろうか。漢字だと少し表現がカタくなってしまうけれど、でも自転車をきっかけに、「毎日や人生がより豊かになるコトを起こし続けている」彼女にぴったりの肩書きだと思う。

 元は東京で編集者として、雑誌やカタログの編集にたずさわっていたそうだが、仕事のかたわら「自転車(正確には ”都会で自転車に乗る人々”)」に興味を持ち、趣味としてバイシクルメッセンジャー(自転車便のライダー)の写真撮影にのめりこんでいく……(後述)。やがて休暇を利用して、世界の都市へも取材に飛び出すように。そうこうするうちに、ついに仕事とプライベートを逆転させ、フリーランスになった、というのが1分で分かる彼女のレキシである。

 京都へは、縁あって2012年末に移住。日々の仕事は、自転車についての取材・執筆活動や、世界を巡回する自転車の映画祭の運営、それから「京都、自転車ランデブー」「ツール・ド・ニッポン」などのイベントを自ら企画し、京都をはじめ、日本各地の町を自転車で回るツアーを企画することなど多岐にわたる。
「どちらかといえば、自転車よりも『自転車に乗っている人』が好きなんです。それから自転車に乗っていつもより遠くまで出かけてみること。そこで出会える人やモノ、コトに興味があるんです」とKaOさん。「あくまで私は町ノリ派。だから長距離を走るのは苦手です(笑)」とあっけらかんと笑う。
 「私にとっての自転車は、移動手段というよりも、洋服や器のように生活に寄り添ってくれる「道具」のひとつ。そんな感覚でつきあっています」。

自転車アクティビスト KaO

KaOさんの現在の愛用自転車。競輪用のトラックバイクで、友人に依頼し、“チョコミント”をイメージしたカラーリングに塗りかえてもらったそう。

自転車アクティビスト KaO

自転車に乗るときのKaOさんの愛用品たち。

日本の魅力を再発見する旅へ

自転車アクティビスト KaO

photo: KaO

 彼女のライフワークのひとつが、1〜2泊で日本各地を訪ね、自転車でその土地を旅しながら、風土や文化、自然にふれる「きっかけ」を提案するツアーイベント「ツール・ド・ニッポン」(★1)の企画と運営だ。2010年に京都で開催したのを皮切りに、2011年には再び京都と、弘前・高松で開催。その後も、伊豆大島・滋賀・東京・鹿児島などで開催を続け、2014年は、丹波篠山・尾道・鳥取・大分(国東半島)の4つの町で開催。毎回30〜40名ほどの参加者を楽しませているほか、多くのリピーターにも愛されている。

 ちなみに、参加者は自分の自転車を持参することも、ツアーのために用意される自転車を借りて参加することも可能。決して自転車愛好家のためだけのイベントではなく、誰でも気軽に参加できるのが魅力であり、KaOさんのこだわりでもある。そして、最も大切にしているのは「現地の人たちと一緒にツアーを作り上げること」だと語る。
 一人旅ではたどり着けない、地方の奥の奥へ――。例えば香川の旅では伝統工芸である「高松張子」の絵付けや、鳥取の旅ではうつわの窯元を訪ね「かけ分け」という釉薬の色付け体験を組み込んだり。国後半島では、地元の民家に宿泊する、という新しい試みも行った。もちろん、旅の醍醐味である、郷土料理や地元の食材をたっぷり堪能するのも欠かさない。
 KaO さんの手元には、自ら一眼レフで撮影したツアーの写真がたくさんストックされている。見せてもらうと、参加者の誰もが笑顔で旅を楽しんでいる様子が生き生きと写っている。これぞ自転車旅の醍醐味。車ほどスピーディーではなく、徒歩ほどスローでもなく。多彩な土地の魅力をじわじわと体感するにはちょうどいいスピードなのだ。
 彼女の丁寧なツアーづくりは、参加者がニッポンの新たな魅力を発見する手伝いをするだけでなく、地元の人々にもきっと新たな刺激を与えているに違いない。

自転車アクティビスト KaO 自転車アクティビスト KaO自転車アクティビスト KaO 自転車アクティビスト KaO自転車アクティビスト KaO 自転車アクティビスト KaO

これまでの旅の軌跡。琵琶湖サイクリングや鹿児島の砂蒸し風呂、高松張子の絵付け体験など。ツール・ド・ニッポン各回のパンフレットは、KaOさんが編集を手がけている(ツアー写真提供:KaO)

顔が見える距離で伝えていく

 2010年に「ツール・ド・ニッポン」をスタートした最初の土地が「京都」だったというのも興味深い。当時は東京の会社に勤めていたというから、プライベートで「京都で自転車ツアーを開催する」というのは、かなりのチャレンジだったはずだ。
 「それでもやってみたかったんです。雑誌の仕事では、受け手の顔がどうしても見えない。そこにもどかしさを感じていました」。

 彼女がこう考えるきっかけとなったのは、職人の仕事が激減している中で、彼らの技を生かしたものづくりに取り組んでいる人たちに出会ったこと。例えば、京都のテキスタイルブランド『SOU・SOU』の若林剛之さん。言わずもがな、オリジナルのテキスタイル雑貨や洋服を通じ、伊勢木綿から有松鳴海絞り、足袋製造など、各地の職人技を生かしたものづくりに取り組む人物である。また、新潟のデザインユニット『エフスタイル』もしかり。

自転車アクティビスト KaO

KaOさんの愛用のスケッチブック。各ツアーについての企画アイデアや、パンフレット制作のためのラフスケッチなどがぎっしり書き込まれている。

 「自分の仕事を通じて、新しい仕事を生み出したり、町や人を元気にしていることに感動したんです」。そしてKaOさんが自分を見つめ直したとき、ものづくりはできなくとも「自分には自転車がある」と気づいたのだという。自転車を使えばきっと新しいコミュニケーションができるはず、と。
 まずは身近な人たちに「自転車ツアーを通じて、自分が好きな人やものを紹介しよう」と考えたKaOさん。実際に、ツール・ド・ニッポンの最初は、彼女の友人や、そのまた友人を募ったイベントだったという。大切なのは規模ではない。顔が見える距離で、自分の言葉で伝え、出会う人たちの心に触れ、実体験してもらうこと。目の前の人に思いを丁寧に伝えれば、きっとその人たちがほかの人に伝えてくれるはず。そう信じて、常に目の前のことと丁寧に向き合っている。

自転車アクティビスト KaO 自転車アクティビスト KaO

京都をめぐる自転車ツアーは、現在は「京都、自転車ランデブー」として、毎年GWに開催中(写真提供:KaO)。

「KaO」という生き方ができるまで

 さて、彼女と自転車との運命の出会いについて。先ほどもふれたが、なかなかユニークなので、あらためて紹介しておきたい。
 運命の転換点は、大学を卒業後、雑誌や書籍などを制作する編集事務所に就職したわずか1ヶ月半後に訪れる。勤務先は東京の港区赤坂。国会議事堂や総理大臣官邸、大手企業が高層ビルに外国の大使館などがひしめく、日本の中心ともいえる一等地だ。そんな場所で、彼女の目を惹き付けたのが、ビルの谷間を縫うように走っていく「バイシクルメッセンジャー(自転車便)」の人々だった。京都で目にすることは少ないが、都心では、急ぎの荷物は車よりも自転車で配達する方がずっと早い。
 「彼らが風に乗って走っていく姿や生き方、自転車からウェア、メッセンジャーバッグなどのファッションまで。すべてに心魅かれたんです」と振り返る。そして魅かれるがままに、昼休みの休憩中を利用して、溜池山王の交差点に立ち、(当時はアナログのフルマニュアルの)一眼レフカメラで彼らの撮影を始めた。その姿はかなり異様だったようで、911(アメリカ同時多発テロ事件)の後は、職務質問も受けたとか。
 社会人2年目には、メッセンジャーの世界大会「サイクルメッセンジャー・ワールドチャンピオンシップ(Cycle Messenger World Championships)」への取材にも出発。といっても、当時は一会社員。取材依頼があったわけではなく、あくまで「自分が見たい、知りたい、撮りたい」という思いからの行動だった。
 転職先の会社を辞め、再びフリーランスへ転身したのは、東日本大震災の影響もあったという。そのとき感じたのは、「自分にも唐突に訪れるかもしれない死という運命。だとすれば、やりたい・やってみたいことに没頭できる環境に身をおきたい」という思い。真っ直ぐで正直、そして揺るがない行動力。「自分らしい仕事」をつくっていく上で、大切な力を垣間みた気がした。

自転車アクティビスト KaO

photo: KaO

自転車アクティビスト KaO 自転車アクティビスト KaO

都心で撮りためた「バイシクルメッセンジャー」たち(写真提供:KaO)。

 

余白を持って生きてみる

自転車アクティビスト KaO

 KaOさんにとって、会社に属さず、「フリーランスであり続けること」の一番の良さはなんだろう?ふと気になって尋ねると、こんな答えが帰ってきた。
 「実際は、将来的にも金銭的にも大変なことの方が多いのかもしれないけれど…(笑)。でも、管理されない自由な時間(余白)をもっておくことで、できることって何倍にも広がると思うんです。例えば、大切な誰かが「今、こんなことをしてみたい!」と相談してくれたときに、ぱっとフットワーク軽く動けるでしょう。明日にでも海外に出発できるかもしれない。もちろん、家庭を持ったりしたらその状況は少し変わると思うけど、まだ幸い(?)にも、“いま”の私にはそれができるから」。

 彼女をつき動かすエネルギーの源は、常に「人が好き」という思い。

 「これまでの活動を通じて、たくさんの人たちに出会えました。そもそも、この活動を続けてこれたのは、周りの人たちのサポートのおかげです。まさに、人との縁が私の財産。これから出会う人も含め、”大切な人の手伝いができる環境を日ごろから整えておくこと”。これが、私の生涯を通じた役割や喜びだと思う」。

 自分で切り開いた「自転車アクティビスト」という生き方を、しなやかに貫いているKaOさん。社会において地位や肩書きが行動を狭めたり、一人歩きしてしまうことはよくあることだけれど、彼女の場合は正反対。自分の生き方の意思表明であり、自分の向かう先を指し示すコンパスであり。新しい縁を次々と呼び込んでくれる大切な福の神のような存在なのだ。

京都拠点、その理由とは?

 「実はいろんな事情があって、京都は今後何年先まで暮らせるか、今は分からないんです。私の人生の第一章は東京でスタートしました。そして今、30代の時期に第二章を京都で過ごせていることを幸せに思います。東京では毎日走り続けていたけれど、ここでは、自分の心と体に無理を強いない時間を持てている。それは、京都の豊かな自然や、町に流れるのんびりとした空気、流行に流されない人々の芯の強さのおかげでもあると思います。実はアクティブな観光より、心の整理にむいている町なのかも(笑)」

自転車アクティビスト KaO

 

★1 KaOさんのアイデアから始動したイベントだったが、やがて“地上で読む機内誌”がコンセプトのトラベルライフスタイル誌『PAPERSKY(ペーパースカイ)』主催として、チームで取り組むプロジェクトとなった。現在も進化しながらよき出会いや内容を積み重ねている。

プロフィール:
text:山口紀子(やまぐちのりこ)
ライター・編集者。新潟生まれ。
好奇心と向こう見ずな性格が高じ「日本の根っこ」を探るべく東京経由で京都へ。地域に根付く豊かな文化や手仕事を発掘すべく活動中。共著に『京都こっとうさんぽ』。
http://kyotosumu.jugem.jp//

Photo:松村シナ
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。2012年11月より「京都写真教室Tract」の講師も務めながら、日々写真の魅力を追求する。
「torico.」http://torico.petit.cc/
「Tract」http://www.tract-kyoto.com/

PROFILE

自転車アクティビスト KaO

KaO
かお

1977年生まれ。自転車アクティビスト、ときどき編集・ライター。自称【元祖・メッセンジャーの追っかけ】として、カメラ片手に国内外を追いかける生活……をきっかけに“自転車にまつわるエトセトラ”が自身のライフワークに。雑誌『PAPERSKY』によるBicycle clubキャプテンとして、ニッポンの魅力・再発見の旅<ツール・ド・ニッポン>を2010年に京都で始動。全国各地で企画・実施を続けるほか、2012年末より拠点を京都に移し、京都の町でも新しい試みを生み出している。

RECOMEND

BACKNUMBER

CONTENTS

↑TOPへ戻る