青幻舎マガジン

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.02

iTunesに和太鼓を。
心にガツンと直球で響く
“現代のお祭り”をつくりたい。
BATI-HOLIC -和太鼓パフォーマンスグループ

メンバー6人、京都外出身のヨソモノたち。 和太鼓や鳴りものを中心に、心の奥にズドンと響かせながらも、深い広がりを持つ音楽を奏でる彼らを知ったのは、2010年春、二十四季節「穀雨」の日に開かれた、「現代の雨乞のイベント」だった。 能の舞に、木版画と書道のパフォーマンス……と奉納が続く中、最後に登場したのがBATI-HOLIC。 太鼓に映し出される雨の映像と重なるように、響き渡る太鼓や篠笛の音色……。不思議な感覚だけど、あ、降る。雨が降る、と思った。それくらい、体のすみずみまで、彼らの音がしみ渡ったのだった。 その舞台で彼らは言った、「現代のお祭りをつくりたい」と。 そんな彼らの思いの丈を知りたい、和太鼓と生きる魅力を聞きたい。プロデューサーの黒坂周吾さん、作曲や演出を手がける中島弘如さんに話を聞いた。

text : 山口紀子/Photo : MATSUMURA Shina

BATI-HOLIC(バチホリック)

京都を拠点にする、和太鼓を中心としたパフォーミングアーツ・グループ。メンバーは、類まれなるリズム感や豊かな感性で紡ぎ出す歌声やメロディなど、さまざまな個性を持つ男性5名、女性1名の計6名。2004年、立命館大学在学中に日本の郷土芸能に影響を受けたメンバーにより結成。和太鼓の魅力を追求しながら、オリジナル楽曲や、日本の伝統音楽を大胆にアレンジした楽曲を発表。太鼓以外にも唄や笛、鳴りものを織り交ぜ、変化と起伏に飛んだステージを展開し、幅広い層から指示を得る。年間100カ所以上の公演を手がけ、韓国・台湾でのツアーやヨーロッパ公演など、海外公演も積極的。 2012年1月28日(土)京都府民府立ホール アルティにて本公演開催決定。
www.bati-holic.jp   BATI-HOLICプロモーションPV

黒坂周吾(くろさかしゅうご)
BATI-HOLICプロデューサーを務める。作曲、太鼓、唄も担当。東京の下 町育ち、学生時代はN.Yへ。BATI-HOLICの思想の根本を支えるキーパーソン

中島弘如(なかじまひろゆき)
北海道出身。作曲、演出、太鼓、篠笛、唄を担当。 ロカビリー、ブルース、ハードロック、メタル、民族音楽などを好み、オリジナリティあふれる楽曲制作や、舞台演出の中心人物。

PROFILE

アイデンティティはどこにある?

プロの和太鼓グループ。と言葉で聞くと、「荒海」や「演歌」の世界のような渋めの音楽ジャンルを想像する人も多いと思うが、さにあらず。BATI-HOLICは京都を拠点にしながらも、斬新なオリジナル曲や日本各地の伝統音楽のアレンジなど、とてもユニークな立ち位置で活動しているグループだ。活動の原点は、グループの前身である立命館大学サークル「和太鼓ドン」(★1)時代に遡る。 岩手や青森、三宅島、八丈島など、各地のお祭りを旅しては、土地に伝わる唄や踊りの稽古をつけてもらっていたときのこと。全国津々浦々から集まったサークルメンバーの多くは、たまに遊びに行く「祖父母の家」があっても、「ここが自分の故郷」という確固とした所属意識のない現代っ子たち。そんな彼らにとって、炎天下の中、地元の人々が皆汗だくになって、一心不乱で太鼓を叩いたり、踊ったりしている姿は大きな衝撃だった。これまで見たことのないほどエネルギッシュな光景、その土地でしか起こりえない祭りが目の前で繰り広げられていることに、彼らは感動した。同時に「ああ、こうしたコミュニティがあっての音楽なんだ、と気づかされた」と、グループのプロデューサーを務める黒坂周吾さんは言う。
「人と土地、文化が混ざり合った場所でしか存在しえない音が鳴り響いていることに、叶わないからこそ、僕らは猛烈に憧れた。そして、この音楽の中に「今の時代を変える何か」がある、そう直感したんです。その感覚は、大学を卒業してもまったく消えることはなかった」
郷土文化への憧れは、やがて、若い彼らに「自己アイデンティティ」への問いをも突きつけていく。つまり、土地の音楽は土地の人たちのもの。では、「自分らしい音楽」とは一体何なのか。「自分自身のアイデンティティの不確かさ。これはBATI-HOLIC立ち上げ当時も、そして今も僕らの根底に存在し続けていると思う」と、演出・作曲を手がける中島弘如さん。土地への帰属意識もない都市部に育ち、ハードロックやメタル、ブルースなど、洋楽にどっぷりつかった高校時代。多感な思春期に洋楽を知れば知るほど、次第に自分の中の日本人としてのアイデンティティの希薄さを感じるようになったという。
「当時僕が聞いていた日本の音楽は、ドラムやエレキギターを使った「日本のロック」だった。つまり、洋楽器を使った日本生まれの音楽ということ。けれど僕は逆に、和太鼓という日本の楽器を使って、音楽性は「日本」に囚われない、新しいものにしたいと思っていた。その方が、ずっと自由に、自然に、「日本人」としての自分をさらけ出せる気がした」
 偶然だが、彼らは全員京都以外の出身の根なし草。地域的なアイデンティティが少ない分、土地にも伝統にも縛られない新しい表現ができる。それはきっと自分たちの大きな武器になる……。そう革新した彼らは、アイデンティティを模索し続けた青春時代を抜け、グループ結成という新しい一歩を踏み出した。


右/黒坂周吾さん 左/中島弘如さん
(Photo: MATSUMURA Shina)

★1 1997年結成の立命館大学を中心とした和太鼓サークル。BATI−HOLIC黒坂さんが創設者の一人であり、学内中のお祭り男・お祭り女を集めた、唄あり踊りありのにぎやかな団体。結成から14年を迎えた現在も、多くの後輩達に受け継がれ、絶賛活動中。

 

プロへの挑戦。
「BATI−HOLIC」に秘めたる想い

結成当時は、単発の企画グループだったBATI−HOLIC。彼らがプロへの一歩を踏み出したのには、どんな思いがあったのか。メンバー全員立命館大出身、おそらく就職に困ることもなかったはずだろう。結成当初、サラリーマンとグループを両立していた中島さんは言う。
「最近は、民藝や仏像ブームもあって、古いものの価値が見直されているけれど、「日本の和太鼓ってかっこいいよね」と世間がいうとき、「それ、どのくらい本気で思ってる?」と、僕は正直穿った見方をしてしまう。だって、本当にいいと思っているなら、iTunesに入っているはずでしょ。 でも、現実はそうではない。多くの人は日常から聞きたいと思うほど、和太鼓音楽をかっこいいと思っていない。お祭り以外の場所で演奏される和太鼓って、正直「微妙」と思われているんじゃないか。そしてその原因は、僕らも含めて、演奏する側にあると思ったんです」

自分たちが愛する和太鼓を、このままで終わらせてはいけない。和太鼓を聞いたことのない「普通の人」の気持ちも動かせるような、新しいスタイルを本気でつくりたい。結成1年後、彼は仕事をすっぱり辞めてプロを目指すことを選ぶ。現メンバーの紅一点・岸礼子さんも、3年間仕事とグループを両立した後、「やっぱりこの道しかない」とプロへ転身。一方、黒坂さんは就職活動を一切しなかったメンバーの一人。それは「世の中を変えたいと思うなら、本気でやるしかない、って思っていたから」。彼にとって「世の中を変えること」とは、和太鼓で人々の心を刺激したり、元気にしたり、明日への活力を感じてもらうこと。
「現代の人々に、和太鼓直球でガツンとアクセスして、彼らの心にどう響かせることができるのか? そうでなければ、「バチホリック(=バチ中毒)」なんて挑戦的な名前はつけなかった。若い人たちに「日本ってかっこいい音楽つくってんじゃん!」て思ってほしい。その意味では、和太鼓グループというより、ロックやパンクに近い立ち位置なのかもしれない」

世界一大きくて、不器用な楽器の魅力

一説では、縄文時代から存在したと言われるほど(★1)長い歴史を持つ和太鼓。「世界で一番大きい打楽器」ともいわれ、長胴太鼓(ながどうだいこ/★2)ではなんと10尺(約3m)のものもあるという。「重い・でかい・高い」という苦労の塊のような和太鼓に、彼らがここまで魅かれた理由は一体どこにあるのだろうか。
「楽器としての歴史は古いにも関わらず、奏法やリズムには体系化されたものがないんです」と中島さん。それは、口承文化であった和太鼓が土地ごとに独自に発展していったことに起因する。一方、ピアノやバイオリンのような西洋楽器は、中世から楽譜に落とされ、音楽が汎用的な記号情報として広く流布できるしくみが生まれた。そのため、ドラムやエレキギターのような新しい楽器が誕生しても、その理論は強靭で簡単に乗っかることができるという。一方、和太鼓は、西洋音楽の基準においては非常に不完全な楽器といえる。音がとても大きく、主旋律を邪魔してしまうこともあるし、西洋的調律が施されていないため、音が「ドォォ〜ン」と伸びてしまい、音色も何やらはっきりしない。「でも、そこがいい」と彼らは口を揃える。西洋楽器には想像もできないようなオリジナリティが感じられる。整理されていない倍音(★3)がすごくたくさん出るし、重低音も楽しめる。これを使わない手はないのだという。
「もちろん、ドラムみたいに太鼓をいくつも並べて音階をつくれば、クラシックやロックだって演奏できる。でもそれは、他のグループやドラムに任せておけばいい」と黒坂さん。 BATI-HOLICの太鼓は、一人一台。音がひずもうが、うるさかろうが、思いっきりドンドンがんがん鳴らす。その方が和太鼓らしさをずっと強く引き出せる。そう信じて、和太鼓とまっすぐ向き合う彼らの視線にゆるぎはない。
 そんな彼らがつくり出すリズムと音色はとても多彩だ。初めて聞いたときに心が動かされたのは、メロディラインが不思議と浮かび上がってきたこと、その体感が面白かった。中島さんにそう伝えると、彼は「和太鼓をメロディ楽器として捉えて作曲している」と教えてくれた。確かに、曲の中では、印象的なリフが繰り返し使用されている。『撥中毒』 ならバックビート的な、『弥次喜多グルーヴ』ならサンバ的なリズムによるリフ。『祝祭の打楽』は、沖縄音階(★4) の篠笛でハッピーな感じを表現し続ける。「一番主張したい音はできるだけ繰り返す。そのテーマでできるだけ遊んで、終わる。曲の合間に「人生って1回落ち込むよね」みたいな難解な構成はいらない」と言う。そう、そこがいいのだ。心地いいリズムが、一瞬で体の中に刻み込まれていく。より、和太鼓の美しさがより浮かび上がっていく。

 

『撥中毒』

 

『祝祭の打楽』

★1 和太鼓は、縄文時代には既に情報伝達の手段として利用されていたといわれており、長野県茅野市にある尖石遺跡では、皮を張って太鼓として使用されていたのではないかと推定される縄文土器も出土している。日本神話の天岩戸の場面でも桶を伏せて音を鳴らしたと伝えられている。もちろん、資料が断片的でしかなく、その正確な起源を断定するのは難しいが、なんともロマンあふれる話。

★2 胴の中央部がふくらんでいるビヤ樽型の鋲〔びょう〕打ち太鼓。祭りや盆踊り、神社などで使用される日本で一番ポピュラーな和太鼓(写真)。ちなみに、和太鼓には大きく分けて長胴太鼓(ながどうだいこ)、桶胴太鼓(おけどうだいこ/写真)、附締太鼓(つけしめだいこ/写真)の3種類がある。

★3 基本となる音の周波数の倍の周波数を持つ音のこと。100hの音にとっては、倍の200hzの音が倍音となる。和音 の根本も倍音。楽器のみならず、人の声や車の音、自然界の音にもすべて含まれており、この倍音がどう含まれているかで、音色が変わるとされる。

★4 沖縄音楽の特徴である音階。鍵盤で「ドレミファソラシド」と弾いたときの「レ」と「ラ」を抜いた、「ドミファソシド」による音階を指す。インドネシアなど東南アジア地方にも一部存在するとされる。

 

太鼓を背負ってどこまでも

オリジナル曲の秀逸さはもちろんのこと、彼らが手がける各地の伝統曲のアレンジもすごくいい。 「BATI-HOLIC」というフィルターを通すことで、新しく生まれ変わった曲は、多彩な響きと可能性を含んでいる。
「郷土芸能は、和太鼓の原点であり、僕らの原点。しかし、演奏するからには、メンバー全員「必ず土地の人を超えよう」と思って取り組んでいます」と黒坂さん。同じアプローチなら、絶対に地元の人には叶うわけがないし、プロとしてお金をいただく以上、人の褌で相撲を取りたくない。だから、彼らにしかできないアレンジとオリジナルを追求していく。それは、伝統文化に体する彼らの敬意であり、責任でもある。「それに、」と黒坂さん。
「生活のリズムが変われば曲が変わる。日本の地方のあちこちに、人に知られていない素晴らしいお祭りや音楽が息づいていることを、もっとたくさんの人に知ってほしいんです。それらの多くは、過疎化や高齢化、財政難で途絶える寸前のものも多い。でも、若い人たちがいろんな地域に足を運ぶことで、歯止めをかけることができるかもしれない。だから僕らはライブで、「ね、郷土芸能って面白いでしょう? でもルーツは地元にある。本物を見に行ってよ!」って呼びかけているんです」
彼らの将来の目標は、「世界ツアーへ出ること」。これまでも、韓国ツアーやオランダ公演などを度々行ってきたが、彼らには、そこで感じた確実な手応えがある。海外のお客さんは、日本のお客さんよりずっと和太鼓の自由な楽しみ方を知っている。音が気持ちいいと感じたら自然に身体が動くし、何よりリラックスして楽しんでくれるのがいい。一方、なぜか日本には、「和太鼓かくあるべし」といった固定観念が強く残っているよう。だから、一度外に出て、そのバイアスを外した所で思いっきり勝負してみたいのだという。もちろん、夢を実現させるためには、もっと力を付けて有名になる必要もあるだろう。でも、彼らはあきらめない。「毎日挫折しそうになるけれど、やっぱり夢は叶えるためにあるものだから」と黒坂さん。和太鼓を演奏しながら、いつか「BATI-HOLIC」というジャンルを超えた存在になれるように。世界で響く彼らの和太鼓は、一体どんな音色になるのか。京都から世界へ——彼らの勝負はまだ始まったばかりだ。

京都拠点、その理由とは。

「僕らは京都をベースにしていますが、京都人は誰もいません。メンバーが立命館出身だというある意味成り行きだけ(笑)。でも、その偶然はいい意味で作用していると思う。この街には古い伝統もあるけれど、僕らのような音楽や芸能など、新しいカルチャーを支えてくる土壌があちこちに渦巻いているから。そんな所はN.Yに似ているかもしれない。和太鼓でプロになることを決めたとき、活動に集中するために美山や亀岡など、田舎に移住するかどうかを全員で議論しました。でも、僕らが目指したのは、今を生きる人々に響く新しい音楽。そのためには、この街を離れてはいけない、と誰もが直感的に感じたんです。それに、実際「京都」ブランドは和太鼓にとっては強いですからね。利用させてもらっている面もある。とはいえ、目指す舞台は世界。いつかは前向きにここから旅立ちたいと思っています。」(黒坂周吾)

Photo/MATSUMURA Shina

 

 

プロフィール:
text:山口紀子(やまぐちのりこ)
フリーライター・編集者。新潟生まれ。
好奇心と向こう見ずな性格が高じ(?)「日本の根っこ」を探るべく東京経由で京都へ。地域に根付く豊かな文化や昔話、手仕事などを発掘していきたいと決意新たにする今日この頃。

Photo: MATSUMURA Shina
SOHOでデザインの仕事をしながら、写真展などの創作活動中。
「torico.」http://torico.petit.cc/

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