「PhotoGRAPHICA」 2007年Winter号

『最新写真集評』より

キャノン写真新世紀などの公募賞で高い評価を受けてきた内原恭彦による処女写真集。
内原はデジタルカメラのみを使い、作品の発表はWebを中心にしてきた。
写真集では、アジア、ネット社会などが内原の眼によって断片化され、同時多発的に起こっている世界のありようを再構築している。
内原は森美術館で開催中のグループ展「六本木クロッシング」展には、スティッチング(写真を複数枚貼り合わせる技法)による大きなサイズの作品を出品している。
写真集では写真を束ねることで、スティッチング作品では写真を平面に貼り合わせることで、写真によって世界を再構築している。
Webでの作品発表と合わせて、内原のメディアに対する意欲的な姿勢は興味深い。
”デジタルか銀塩か”という二項対立はこれまでカメラについてしか語られてこなかったが、そのカメラを使って、
どのように世界をとらえ、表現するかという問いに立ち向かう作家が、ようやくひとり、ここに現れた。 (タカザワ)




『NEWS&TOPICS』より抜粋


内原恭彦写真集『Son of a BIT』
bitchとbitが混在する世界に僕らは生きている


アジアのスラムからネット社会の住民が暮らすアパートまで、同時進行する”世界”を写真によって記録し続ける
内原恭彦。
これまでWebを活動の中心に置いてきた彼が、写真集をつくることによって獲得したものは何か。

―これまでおもにWebで作品を発表してきた内原さんが、写真集を出そうと思ったのはなぜでしょうか。

内原―もともと僕は絵を描いていて、出発点がアナログの美術だったので、手に取って見られる印刷物や本の形は好きではあったんです。しかし、一方で、写真集への疑いもありました。
写真集はWebに比べて、見せられる点数が限られるし、並び順が決まってしまう。
それに僕自身、人の写真集を見てもピンとこなかったんですよ。
WebやPCで見るほうがおもしろいと感じていました。
写真集をつくりたいと思うようになったきっかけのひとつは森山大道さんの言葉でした。
2003年のキャノン写真新世紀の公開審査で、森山さんから開口一番「キミはもう写真集をつくるしかないね」と言われた。
そんなことを言われても困ると思ったけれど、それが決定的な一言になりましたね。

―写真集を拝見すると、アジアのスラムから東京のネット世界の住人まで、すべて等価値に見ようとするという内原さんの写真家としての姿勢が感じられます。

内原―アジアを撮った写真と日本で撮った写真の区別がつかないとよく言われます。
物珍しさやエキゾチズムで撮ってないからだと思います。
「Son of a bitch」という罵倒語がありますよね。それが僕にとってはスラム、路上での荒々しさ。
一方、”bit”はコンピュータの世界の単位。ネットの世界ですら、このふたつが混在している世界。
それをひとつにしたのがこのタイトルです。
(取材・文タカザワケンジ)

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<過去の掲載記事>

「読売新聞」 2007年11月25日号
「PhotoGRAPHICA」2007年Winter号
「書評空間」 2007年11月19日号
「共同通信社」 2007年11月18日号
「日本経済新聞」 2007年11月4日号