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文芸・評論(文芸・評論・随筆・ノンフィクション)

松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。

前人未到の実験書店はなぜ閉店になったのか!
初めてあかす松丸正剛の仕事術


松岡正剛が、英知と哲学と汗と夢をつぎこんでつくった本屋・松丸本舗。(丸善・丸の内本店4階に2009年パイロットショップとしてオープン)
実験的空間として本好きのメッカとなるが、時限空間であり9月末閉店。
65坪、各1冊・10万種、289棚、1074日間。
松岡正剛が松丸本舗で体験したこと、技のすべてを公開し、人と本をつなぐ本屋の可能性を未来に向けて提言する。
緊急刊行、松岡正剛渾身の書下ろし!

著者:松岡正剛
寄稿:川崎和雄/内沼晋太郎/田中優子/高山宏/町田康/杉本博司/森村泰昌/隈研吾/深澤直人/華恵/やくしまるえつこ、ほか合計43名。

目次
夢か幻か 福原義春
第Ⅰ章 松丸本舗の旋法― われわれは何に挑戦したのか
千夜千冊の夜/ブックウェアの誕生/本棚をつくる/本屋の問題/ほったらかしの読書 ほか
松丸本舗全体図
第Ⅱ章 松丸本舗・全仕事― 一〇七四日・七〇〇棚・五万刷・六五坪
1本屋のブランドをつくる/2本棚を編集工学する/3本と人をつなぐ
4目利きに学ぶ/5「ものがたり」を贈る/6共読の扉をひらく
第Ⅲ章 気分は松丸本舗― 各界から寄せられたメッセージ
第Ⅳ章 松丸本舗クロニクル― 本だらけ、本仕込み、そして松「○」本舗

松丸本舗主義
奇蹟の本屋、3年間の挑戦。

サイン本はこちらから

□判型:四六版
□ 総頁:536頁
□ 並製

□ ISBN:978-4-86152-362-5 C0095

定価:1,800円+消費税
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書 評

松丸本舗主義―週刊朝日1/25号掲載

現代における知の巨人の松岡さん。
「千夜千冊」の書評でもおなじみです。
本や読書の未来について語り合うためv ビル全体が本の殿堂と化した松岡さんの新しい事務所に伺いました。v 惜しまれながら閉店した松丸本舗や
話題の壇蜜まで、話は思いも寄らぬ展開に……。
(以下、一部抜粋)

  あの「ニューズウィーク」までもが、とうとう紙媒体をやめてネットだけにするという報道がありましたけど、松岡さんが最近お出しになった『松丸本舗主義』という本を読むと、松岡さんは本のIT化に必ずしも反対じゃないんですよね。

松岡  全然反対ではないですけど、やっぱり両方必要かなと思いますね。林さんもそうかもしれないけど、僕は本の見開きというのが好きで、パッと開いたときに、右側から左側まで小説ならどのくらい進むか、週刊誌ならどのくらい進むかみたいな、あの単位がわれわれの頭の中にずっとインストールされていると思うんですよ。

  ええ、わかります

松岡  写真も視覚、テレビも視覚、絵画も視覚、同様に本も視覚で、本の見開きというのは独特のものを持っている。それとページをめくる感じでね。本にはそれがあるから、すたれないとは思いますけどね。

  前にIT業界の方にお会いしたら、「本屋なんかなくたっていいじゃないですか。何が悪いんですか」って明るく言われましたよ。

松岡  僕、その人に会ったら蹴りますよ。「バカヤロー!」って。(笑)

(中略)

松岡  …僕、やっぱり大事な生き方はアナクロだと思うんです。

  アナクロ?アナログじゃなくて。

松岡  アナクロニズムも大事なんです。どんな場合でも時代錯誤をやり続けないとダメだと思いますよ。時代錯誤なり時代遅れなりのものも、やっぱり必要だと思います。

(構成 石塚知子)

松丸本舗主義―Pen1/1・15号掲載

本と本、本と人、本と社会……
「松丸本舗」がつないだものとは?


 丸の内の丸善にあった「松丸本舗」に1歩入ると、たちまち本たちの放つオーラに気圧されそうになった。最初はこわごわと本を手に取った。ざっと棚を見る。左から右へ。上から下へ。あれも、これもと気になり始めるとあっという間に時が経つ。本好きの生態を知り尽くした本屋。それが松丸本舗だった。2012年9月に惜しまれつつ閉店。奥行きのある書棚、二重置きや横置きもする本の並べ方、3冊セット販売など独自の売り方、そしてセレクト。本好きたちのありったけの熱意が注がれ、書店のあらゆる可能性を提示した、3年間の全記録。

松丸本舗主義―共同通信社より全国に配信
(東奥日報・福井新聞・愛媛新聞・中國新聞11/25掲載)


実験書店3年間の軌跡

 紙の本の電子化が進む中、インターネット時代の「リアル書店」の在り方に一石を投じた実験的書店「松丸本舗」が今秋、惜しまれながら閉店。店主を務めた松岡正剛さん(編集工学研究所所長)が3年間の挑戦の軌跡を分厚い一冊にまとめた。
 松丸本舗は、松岡さんと書店の丸善とのコラボレートで2009年秋、東京駅に近い複合商業施設内の丸善丸の内本店4階に設けられた「本屋の中の本屋」だった。売り場面積は65坪(約215平方メートル)、在庫は5万冊。
 「心の奥深くにしまい込んでいたものが見つかる。そんな本との出会いの場にしたかった」。本選びの手助けをする案内人のブックショップエディターも店内に配置。松岡流の編集術を極めるネット上の学校、イシス編集学校の指導陣十数人が務めた。「読者は孤独な存在ではない。本は、さまざまな時間と場所で人に読まれるもの。読書とは、そうした『共読』の群れに入ること」
 「共読」は松岡さんの造語。どんな本との関わりにも、誰かと共に読んでいる体験が伴う。「そのことを提示できた意義は大きい。松丸本舗がまいた種が、さまざまな場で芽吹き、『共読』する文化を花開かせてくれるといいですね」

松丸本舗主義―日本経済新聞11月28日夕刊掲載

人間は忘れる生き物だ。代わって現代人の記憶を助けるのがスマートフォンなどの情報端末。だが情報を「生きた知」に変えるには、自らつかみとる体験が必要、と編集者・著述家の松岡正剛氏は語る。

情報を生きた「知」に

■情報を得るまでの過程に工夫をしてはどうか、と松岡氏は提案する。

 例えば、ゆっくり見ていると画面が消えちゃうとか。謎を解かなければ目的のページを開けないようにするとか。つまり人間が本来持つドキドキ感や好奇心をくすぐる。情報や知識は本能を刺激する生々しいものとなって初めて、生きた「知」に形を変える。
 「知」とはただ受けとるものではなく、自分からつかみにいくものだ。赤ちゃんは何でも口にいれて、対象が何であるかを確かめる。つかむことは人間の根本の行為で、それを促すような仕掛けが今後求められていくだろう。

■現実空間でその「仕掛け」を実践したのが、今秋まで東京の丸善・丸の内本店に開いた「松丸本舗」だったという。

 約3年間、プロデューサーとして選本、書棚の作り方など既存店にない手法に挑戦した。例えば、入り口に「漱石と鷗外のどちらを好むか」という看板を立てた。店内に分かれ道をつくり「漱石ならばこの本がオススメ」と書籍を並べた。著名人の本棚も再現した。端的に言うと「人」の顔を見せることで、もっと知りたいという客の欲求を刺激した。その上で書棚の本に手を伸ばしてもらおうとした。
 日本では、本が高度な知性の世界に携わる人のものだと見なされがち。そのため書店も客の知的活動を妨げない「無菌空間」にとどまってきた。だが本は欲望を満たすための商品だ。欲望を触発するには心を揺さぶる仕掛けがあっていい。
 縦置きに並べた本の前にあえて横置きの本を置く「面陳」もやった。「後ろに何があるのか」と客に思わせるためだ。この「面陳」を、最近は他の書店でも見かけるようになった。閉店しても「松丸本舗」の理念は受け継がれていると感じている。

編集者・著述家 松岡正剛さん

1944年京都市生まれ。編集工学研究所所長、イシス編集学校校長。「知の編集工学」など著書多数。自身が手がけた「松丸本舗」の軌跡をたどる「松丸本舗主義」をこのほど刊行。
(聞き手は文化部 諸岡良宣)

松丸本舗主義―週刊ポスト11月23日号掲載

人棚板で仕切られた一枠の中にも、
繋がりや浮遊感を実感できる本屋を形にしたかった


 東京駅北口。丸善丸の内本店の4階に、松岡正剛氏(68)による知の実験場・松丸本舗はあった。
 単なるショップ・イン・ショップではない。一たびその本の森に足を踏み入れた者は知的好奇心をまんまと手玉に取られ、気づけば頭も脚も財布も(?)ヘトヘトという、何とも甘美で厄介な事態に陥るのである。
「寝袋こそ持って来ないけど、8時間居座る人とかね。スーツケースを二つ持ち込んで、満杯にして帰った人もいました」
 去る9月30日、多くのファンに惜しまれつつ幕を閉じたの3年の軌跡を、本書『松丸本舗主義』は余さず記す。松岡氏や現場スタッフ、各界の本好きの声を集めた本書に、例えば福原義春資生堂名誉会長はと、惜別の辞を寄せた。と――。

 今回もいうなれば「書店の編集」だ。棚の並びや人の流れなど、一店丸ごとの編集作業の一部始終が、本書には惜しみなく開示されている。例えば1階入り口からエスカレーターを乗り継いで行く動線一つとっても、実に周到に計算されている。そして松岡氏は一見物理的な動線を引くかに見せて、訪れた人の〝思考の動線〟まで、絶妙にコントロールしていたりするのだ。

 そもそもが複雑、混沌とした世界の構造を読み解くこと自体、至難の業。だが原生林の生態系を前にして、途方には暮れずに方法を見出すのが、氏の流儀なのだ。
「僕は以前から、21世紀は主題ではなく方法の時代だと言っていて、既に出尽くした感もあるコンテンツに、新たな文脈をもって価値を創出する編集本来の機能に着目してきた。平和や幸福や自由など、20世紀に主題は幾らも挙がったけれど、日中関係も僕らの暮らしも結局はうまくいっていない。じゃあどうするのかという方法が今は求められていて、書店の編集でも、膨大な書の海にある程度の海図を付けることで、眼前の景色は俄然輝きを増す。ただし、わかりやすく分類し過ぎても間は失われ、いわば〝複合的な編集状態〟にある世界をどう取り出すかが、僕の生涯の課題です」
 その構想は私たちの本棚や考え方にも応用可能だ。よく「人は分けるから分かる」などと言うが、分けて考え過ぎても答えを見失いかねないと松岡氏は言う。
「例えば今は民主がダメなら自民もダメ、そのどちらでもないアイダが、たぶんみんな欲しい。今話題の第三極にしても二より三の方が間や余白が多いというだけで、結局は一でも二でも三でもない間に有権者は理想の政権を夢想し続ける。
 それはそれで問題ですが、本に限ればアイダは多いほどよく、答えはうつろいゆく間にある。だから本をひとりぼっちにするなと。
 人と人の間もそうです。ある本を読んでいる誰かと誰かは、無意識のうちにも一つの知的空間を共有し、その読書経験を誰かに話せば知の連鎖はさらに拡がる。本書でいうの作用ですね。そうした本の機能をと総称し、を今一度結びつけることが僕らの仕事でした」
 その視線の先には検索やランキング主義など、本を点で捉える風潮が見据えられている。本と人のあるべき関係を断ち、孤独に追い込めば、ひいては私たちの知を貧しくする。ならば豊かな世界を見せればいいと、松岡氏らが出現させた本の森は、残念ながらもうない。
「最低でも3年と言ったのが逆に仇になったかと、今では悔やまれますけどね。
 でも福原さんたちも書いて下さったように、僕らの試みがタンポポの綿毛みたいに飛んでって、どこかで花を咲かせるなら嬉しい。僕らは僕らでまた何かやるでしょうしね。松丸本舗主義に、一層磨きをかけて」
 善と悪、正常と異常など、何事もどちらかに決めなければならない現実の窮屈さに比べ、夢想や連想を誘う間は知の母胎とも言える。そして実は間にたゆたうことこそ真実に近づく唯一の道だと、あの知の散歩道は教えてくれていたのかもしれない。
(構成/橋本紀子)

松丸本舗主義―SPA!11月20・27日号掲載

人気連載「佐藤優のインテリジェンス人生相談」で紹介されました

私は医学部進学を目指して8浪しています(相談者―ベンジャミン 無職 男性 26歳)

今週の教訓――偏差値は高くとも頭と品性は悪いクズもいる

 なぜベンジャミンさんは、医学部受験にこだわるのでしょうか。この点についてよく考えてみることです。医学部には偏差値の高い人が進学しますが、それと頭の良さは関係ありません。外交官、検察官、弁護士、公認会計士なども偏差値秀才でないと資格試験や採用試験に合格しません。しかし、彼らは頭がいいのかというと、そういうことではありません。偏差値とプライドだけが高く、本質的に頭と品性が悪い人間のクズが、関が原(中央官庁)には掃いて捨てるほどいます。ベンジャミンさんにとって重要なのは、自分の理想と現実の適性(能力ではありません)の乖離を認めることです。

 以前、本欄に登場した公認会計士試験に失敗し続ける人、医学部を目指して10浪中の弟を心配する人の相談に対する回答の差異をベンジャミンさんは気にしています。そのような問題意識を持つ背後には、自分が置かれている状況を見つめたくないというあなたの心理が働いています(置かれている状況が異なれば、対応策が異なるのはあたりまえです)。ここから脱却しない限り、あなたは大人になれません。

 自分の価値観に自縛されている現状から脱出する必要があります。読書を通じて、他者の人生の代理経験をすることをお勧めします。もっとも何を読んだらよいかわからないでしょうから、まず松岡正剛先生の編集工学関連書籍を読むとよいでしょう。松岡先生は、(『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』148頁)と指摘していますが、その通りです。読書を通じて今までの殻を破らないと、あなたは自滅します。大学に進学するのはよいことです。ただし、医学部以外、現在の学力で合格する大学を勧めます。そして、大学生になってから本物の勉強をすれば、展望が開けます。


今週の参考文献
本好きのメッカとして知られた本屋・松丸本舗(今年9月閉店)。各1冊、10万種など実験的な試みで人と本を結び付けた著者・松岡正剛が、その技と哲学、実体験を書き下ろした1冊。’12年刊。

松丸本舗主義―週刊読書人11月2日掲載

千眠り知らぬ鋭意と努力
リスクあればこその読書論の不朽の名作誕生


 「あれは幻だったのか」。ずっと松岡正剛氏に一番近い所をほとんど一体化するように伴奏してきた福原義春氏の言葉が日毎にズシリとこたえる。「奇蹟の書店」、丸の内丸善四階に二〇〇九年春、鳴物入りで出現した松岡主宰の書店、松丸本舗がアッという感じで我々の目の前から消えた。発展的解消とみるか、資本の論理を前にした撤収とみるか、「閉店を惜しむ」名うての読書人、同店のファン四十三人の「メッセージ」ですら意見はわかれる。当初から三年が契約だったとのことだ。

 「松丸は丸の内に出現する。東京駅から三分。ここは日本一のビジネスマンの巣窟だ。この背広とワイシャツが好きな連中に関心をもってもらわなければならない」と松岡氏は言っている。問題はひとえにここにあったと思う。出発点で松岡氏は自らの理想の店舗像と呈示された条件の差に悩み、「日本一の地の利が、それに見合う売り上げへの要求に反転することのリスクをはっきり認識している。一九八〇年代バブル期、ニュー・アカ(デミズム)とタイアップした異様な人文書ブームのふわふわと根も葉もないありようとは無縁。デフレの認識もある。それに民主党による政権交代への夢がまだあった。日本は変らねばならない、本屋の棚からそれを始めよう。相変わらずのデフレ、そして政治史上の犯罪と言ってもよい民主党のていたらく。日本は全く変らなかった。松丸閉店への挽歌、即ち日本への挽歌である。時代を変えようとした一軒の「ふしぎなお店」(荒俣宏)の消滅は日本の終りの最終段階の開幕である。

 暗い話ばかりなら別段一冊購入に及ぶこともない。猛烈に面白いのである。仕入れ取継ぎの旧態依然、狭すぎるフロアー、次々に難題をクリアーし、少しでも理想の図書館、いや理想の書店に近い空間を創出、というか文字通り捻出していくプロセスに、余りに容量大ゆえ全貌全力が見えない松岡正剛という五十年に一人の天才の、必死というか全力が見えるところに息を呑むし、読まされてしまう。何を企てても絶対に巧くなし遂げるというイメージの天才が、どういう理屈をつけても大きな規模の和解には至れるはずのない背広とワイシャツの族がもたらすリスクを念頭に、いつにも増して次々と工夫を重ねていく姿はドラマティックである。

 来るべき近代、一番面白い人種はメルカトール・サピエンス(知の商人)であると言ったのは、松岡氏も大好きなはずの『ロビンソン・クルーソー』の作者デフォーである。ぼくの如き知のチンピラは自分の愛蔵書をせいぜい書目リストやら書庫紹介という形で公開したりする程度で、実はそれで食えているのに自分の知や情報をマーケットの中の商品と感じることはない。今どき大学の教授が全部死に体なのは、何のことはない、商いの感覚を根こそぎ失っているからだ。松岡正剛、それからすっかり芸能人化した荒俣宏、彼らが依然凄いのは知の商いの形を模索し続ける終り知らぬ鋭意のゆえである。

 松岡氏の活動は新しい日本学から編集術教育まで余りに広大で、かなりなファンでも仲々見通しがきかない。氏が同時並行のイヴェントやISIS編集学校の知恵や成果を全て結集してこの歴史に残るリアル書店を維持しようとしている、おそらくは眠り知らぬ鋭意と努力にはページを繰りながら息が詰まり、「おそい」日本を一緒に呪いたい気分だった。リスクあればこその読書論の不朽の名作の誕生。裏方「イズミ」さんの別れの涙、浄し。
(高山宏=英文学者)

松丸本舗主義―朝日新聞10月7日掲載

千夜千冊番外録 3・11を読む  松岡正剛<著>

 東日本大震災以降じつに多くの本が出た。読んだもの読まなかったもの様々あって混乱してくる。それまで気にとめていなかった本が、急に気になり始めた人も少なくない。
膨大な関連本を一気に読んだ人も多かった。私もそうだ。改めて、何に自分の気持ちを向けておくべきか、ここでちょっと立ち止まって考えてみる時期だ。そういう時に出たのが本書である。

 目次には六十冊が並んでいるが、一冊ずつ一項目としてコメントされているわけではない。そんな構成は松岡正剛らしくない。見出しの本は単なる入り口であって、そこから入ってゆくと次々と別の本が呼び出され、つながってゆく。それが三月十一日およびそれ以降の著者の行動に関わり、その日々のなかで去来した本の記録であることに、やがて気付く。

 本書は松岡正剛の本棚を3・11で切り取ったものだが、この三年間、より壮大な本棚の試みが東京・丸の内の丸善で行われていた。「松丸本舗」である。このコーナーは、本が分類とは全く別の意味で自らつながっていくことを眼で見られる、刺激的な実験場であり遊び場だった。しかし惜しいことに、丸善はこの希有な空間を閉じてしまった。そして、その実験の記録『松丸本舗主義』が刊行された。

 電子書籍だけが電子時代の本のありようではない。人が本を読む。そこから想定もしない世界が拡がって行く。「千夜千冊」はその動きを可視化する電子時代の知の仕組みだが、松丸本舗では、実際の本が有機体のように触手を伸ばしながらつながっていた。あれは一体何だったのか。『3・11を読む』を始めとする松岡正剛の諸々の本から、それをもう一度つかみたい。

田中優子(法政大学教授・近世比較文化)

松丸本舗主義―新文化 2012年10月4日掲載

丸善丸の内本店
「松丸本舗」閉店に惜しむ声


 独創的な棚づくりや、読者参加型のワークショップを開催し、リアル書店の新たな試みとして注目された丸善丸の内本店4階の松丸本舗(店主・松岡正剛編集工学所所長)が9月30日に閉店した。当日は多くの松丸ファンや常連客が訪れ、最後のまとめ買いをする人も多く見られ、読書の新しい形を提示した書店の閉店を惜しんだ。

 同店は「丸善、主宰。松岡正剛、編集。」をキャッチコピーに、2009年10月に開店した。あらゆる分野の書籍5万冊をオリジナル書架に配列。ブックショップエディターによる「本稽古」「目次読書法」「はじめての、本の贈りもの術」などを企画し、読書と直接交流する場を創り上げた。

 当日はすれ違う人の肩が触れ合うほどの混雑ぶり。3年間の活動記録や、店内の写真、各界のメッセージをまとめた、松岡著『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦』(青幻舎)のサイン会では、あまりの人出に予定を1時間以上早めて開催した。来店者が長蛇の列をつくり、松岡氏が一人ひとりと、松丸本舗での思い出話に興じた。

 同研究所の小城武彦社長(丸善CHIホールディングス社長)は「3年前に開店したときに世に問うたことが2つある。本当の知は検索では得られずリアルにしかないことと、書店がもっと面白くなること。新しい書店のあり方は広がったと思うが、事業としてはまだまだだった。また違ったかたちで知と出会う空間をつくりたい」と述べた。

 松岡所長は「最初に(店舗坪数)65坪と聞いたとき、小さくてまずいかなと思ったが、丸善には完璧な棚がある。丸善全体が価値をもてばいいじゃないかと始めた」と同店を構想した当時を振り返る一方、「書店の意味が理解されていない。坪単価でみられてしまう」と収益面で葛藤していたことも口にした。

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