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文芸・評論(文芸・評論・随筆・ノンフィクション)

マリリン・モンロー魂のかけら―残された自筆メモ・詩・手紙

よみがえる”20世紀の美神(ヴィーナス)”! 全米で10万部のヒットを記録し世界各国で翻訳が相次いでいる話題の書、待望の日本語版。

20世紀最大のイコンにして永遠のセックス・シンボル、マリリン・モンロー。
マリリンは1926年、ロサンゼルス生まれ。1950年、端役で出演した『アスファルト・ジャングル』『イヴの総て』で注目され、以後10年間、多数の名作に出演しつづけた。
『紳士は金髪がお好き』『お熱いのがお好き』『七年目の浮気』等の演技で人気を博したが、1962年、36歳で死去。その突然の死はセンセーショナルに伝えられ、真相はいまだ謎に包まれている。


すべてのコインがそうであるように、彼女には二つの面があった。
輝く金髪を波打たせる晴れやかで光に満ちた面。そして暗い面。
自身を破滅に追い込む過度な完璧主義者の面である。
「私の中には灰色の側面がある。悲しい側面もある」マリリンはインタビューでそう答えている。
(編者まえがきより)


本書は没後50年にあたり、マリリン本人の手記やメモ、詩を1冊にまとめた本邦初公開の遺稿集。
歓び、哀しみ、深い孤独・・・そこには、繊細にして知的、揺れ動くひとりの女性の心情が率直に綴られています。
女優として、そして女として、懸命に人生を生きて、無垢な魂で愛したマリリンの素顔が未公開の資料から浮かび上がります。


編著:スタンリー・バックサル、ベルナール・コマーン
翻訳:井上篤夫
特別寄稿:五木寛之「悪しき時代の美しき証人」

「マリリン・モンロー魂のかけら―残された自筆メモ・詩・手紙」が映画化!
「マリリン・モンロー 瞳の中の秘密」10/5 新宿ピカデリーほか全国公開

マリリン・モンロー魂のかけら―残された自筆メモ・詩・手紙

□ 判型:A5判
□ 総頁:260頁
□ 並製

□ ISBN:978-4-86152-365-6 C0076

定価:2,200円+消費税
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書 評

マリリン・モンロー 魂のかけら―週刊朝日12月21日号掲載

「20世紀を代表するセックスシンボル」であり「おバカな金髪娘」……マリリン・モンローという名の辞書には「知性」の二文字が存在しないかのようだ。「セクシー=おバカ」。このあまりにもわかりやすいイメージ戦略によって、ノーマ・ジーンという女性は、女優マリリン・モンローとして大成功をおさめ、そして死んでいったのである。
しかしながら、彼女が遺した大量の自筆資料がそのまま収録された本書を読んでゆくと「おバカ」イメージは遠くの後景へと退いてしまう。
ホテルのメモ用紙やノートに綴られる手書きの文字は、どこか神経質。書いては消され、順番が入れ替えられ、つねに逡巡を繰り返しながら、完成に向かってゆく様子は生真面目そのものである。そして、たった一行「having a sense of myself」(自分がマリリンだって感覚を持つこと)と書かれたページからは、マリリンであることと引き換えに抱え込んだ、言いようのない孤独と不安が匂い立つ。ここには、間違いなくわたしたちのまだ知らないマリリンがいる。 (トミヤマユキコ)

マリリン・モンロー 魂のかけら―週刊読書人12月14日掲載

あるべき素顔を取り戻す

 一九六二年八月、モンローがブレントウッドの自宅で急死したとき、その遺品は演出家でモンローの演技指導者でもあったリー・ストラスバーグの手に渡った。二十年後にリーの遺産を相続したアンナ夫人は、その膨大な遺品のなかに、数冊の手帳や用箋に書かれたモンロー自筆のメモ、詩、手紙などを収めた二つの箱があるのを発見した。本書はその未公開資料をアメリカ人の映画プロデューサーとフランス人の脚本家が整理編集した遺稿集で、世界十五か国で百万部を超えるベストセラーになった。

(中略)母親が精神障害者だったために幼くして里子に出され、その里親が十回も変わるといった複雑な生育環境は、その感受性に影響を及ぼさずにはおかなかった。「私って幸せになることに馴れていなかったの。なんとなく結婚すれば幸せになれると思っていたわ」という後年の述懐が、何よりも雄弁にそれを物語っている。

 しかし、十六歳での若すぎる初婚はもとより、ジョー・ディマジオとの二度目の結婚も、アーサー・ミラーとの三度目の結婚も、彼女に幸せをもたらさなかった。映画『ナイアガラ』(一九五三)で一躍トップスターの座を射止めたものの、「モンロー・ウォーク」に象徴されるセックス・シンボルとしての大衆イメージと「幸せな家庭」を夢見る自己イメージとのはざまで精神のバランスを失い、やがて母と同じ狂気の影におびえるようになる。

 ほぼ年代順に編まれた本書を読み進めていくと、ハリウッド製「モンロー神話」の陰に隠されたノーマ・ジーンの「魂のかけら」に刺されて胸が痛くなる。たとえば、十七歳の手記のこういう一節。
 「私の愛は――もしそれをそう呼ぶとしたら、求められ、愛され、慕われること、そして性的な魅力に対する、すばらしく正当な権利を持つ感情なのだ」
 また、たとえば「日付のない詩」のこういう一連。
 「人生――/私はあなたの二つの方向に/引き裂かれている/強い風に揺れる蜘蛛の糸から/ぶら下がって/やっとしがみついているのに/私はもっと冷たく凍てついた/霜そのものなの」

 こうしてモンロー=ジーンは死後五十年たってあるべき姿を取り戻した。にもかかわらず、私の内なるモンローは、ますます輝かしいセックス・シンボルであり続けている。
(郷原宏氏=文芸評論家)

マリリン・モンロー 魂のかけら―共同通信社より全国に配信
(北國新聞・北日本新聞2012年10月28日)

悲しみたたえた筆跡

 かつて、アメリカが輝いて見えた時代があった。同時に、その輝かしさは、決して振り払えない闇も抱えていた。世界に対してまばゆい姿を見せつけながらも、アメリカは結局、おのれが何なのかが分からないまま、「アメリカとは何か」という問いを発し続けてきたのだから。その光と闇をあまりに見事に体現してしまったスターとして、マリリン・モンローは記憶されている。

 モンローが遺した自筆のメモや詩、手紙などが、死後50年を経て年代順に整理され、「マリリン・モンロー 魂のかけら」という本にまとめられた。彼女自身の手による草稿とその翻訳が併置されたレイアウトにより、読者は彼女の悩みや迷い、自身を鼓舞する言葉をじかに目にすることができる。時にはみずからを冷徹に見つめ、時には感情を生々しく吐露する、そんなモンローの筆跡は、ゴシップ感覚をはるかに超えた厳粛な思いをもたらす。

 本名であるノーマ・ジーンという「本来の自分」と、スターであるマリリン・モンローという虚像の間でのジレンマに苦しんだ女性、という筋書きは、これまでにも語られてきた。しかし、本書が次第に明らかにするのは、彼女は自分が誰なのか分からないまま生きていたという、ブラックホールのような深淵かもしれない。私は誰なのか、という問いに向かって、次第に速度を増して疾走していく言葉が、ここにはある。それは、アメリカそのものの迷える姿と、あまりにぴったりと重なり合う。

 それを読み進む私たちは、モンローの人生の結末をすでに知っている。彼女の生はあまりに早く砕け散り、あとにはかけらとしての言葉だけが遺された。その一つ一つには、悲しみをたたえた光が残っている。アメリカの抱えた光と闇をそのまま生きさせられた彼女の言葉は、アメリカそのものが書いた詩だとも言えるのかもしれない。
(評者=藤井光・同志社大助教)

マリリン・モンロー魂のかけら 日刊ゲンダイ ―2012年9月19~22日掲載

五木寛之氏の名物連載「流されゆく日々」全4回にわたって紹介
マリリン・モンロー遺文 五木寛之


青幻舎からマリリン・モンローに関する新しい本が出た。
青幻舎は、いっぷう変った出版社である。変ったというより、ひとくせもふたくせもあるユニークな出版社といったほうがいいだろう。
そもそも、ほとんど東京一極集中といっていいこの国の出版ジャーナリズムの中で、京都に本拠をかまえているというだけでも異色である。

こんど出版されたのは、『マリリン・モンロー 魂のかけら』というヴィジュアルな一冊だ。ヴィジュアルといえば、ムック的な出版物を想像する向きもあろうが、これは見るためだけの本ではない。
マリリン・モンローという時代のシンボルであった一人の人間の「自筆のメモ、詩、手紙」などを編集した不思議な本である。

モンローの死後、かなりの数の遺品が残されたという。
その中にはさまざまな自筆の「書きもの」が含まれていた。
独自の字体で書きつづられたメモ、日誌、手紙、詩、などである。
未公開のそれらの資料がまとめられ、写真とともに出版されて大きな反響をよんだ。

それが今回、アメリカ文学者でモンローの研究家である井上篤夫氏の訳によって、死後五〇年のいま世におくられることになったのだ。

 井上篤夫氏は書いている。

〈(前略)ノートに几帳面な字で整然と思いを記したメモ。
ホテルの便箋に「思いつくまま」に走り書きしたもの、混乱していると思われる言葉の断片。あるいは驚くほど豊かな感性を発揮した詩もある。演技指導の恩師への感謝の手紙や精神病院から精神分析医に送った痛ましい手紙まで。
女性の心のうねり、混沌、狂気が凝縮されている。(攻略)〉

この本を一読(一見?)して、私は複雑な思いにとらわれた。
マリリン・モンローという一人の人間の存在は、私にとっては長い間ずっと謎だった。
その謎がとけたのではなく、この本の中の自筆の文章に触れて、その謎はますます深まるばかりだったのである。

 彼女の書き散らしたメモに、こんな言葉があった。

〈私は気づきはじめている
 誠実でシンプルでいることは、いつも私がそうしてきたけれど、しばしばおバカさんと受け取られること
 また(できる限り)真っ直ぐであろうと
 もともと世間なんて誠実じゃないのだから――
 誠実なんて愚かというのも当然かも
 おそらく誠実であろうとする人は、愚か者
 それがこの世界である限りは
 それに他の世界が存在する確証はない――
 その意味するのは――(現実が存在する限り、人はそれに直面し、対処しなければならない)
 かかわらなければならない現実が存在するのだから(攻略)〉

乱れた文字にリアリティがある。
おそらく彼女は絶えず傷つき続けた内面を扱いかねていた人間だろう。


この本の中に、一九五五年、ニューヨークホテルのバルコニーでトルーマン・カポーティと踊っているマリリン・モンローの写真がある。
有名なショットだが、『冷血』の作者が熱くなっているのは一目でわかる。
めずらしい本が出たものだ。

マリリン・モンロー 魂のかけら 女性セブン ―2012年10月4日号掲載

 没後50年。謎多き彼女の人生に今、あらためて光があてられている。  世界中にセンセーションを巻き起こしたハリウッドの大スター、マリリン・モンロー(享年36)。ブロンドの髪に滑らかな白い肌、肉感的で湿り気を帯びた赤い唇、口元のホクロ。そして豊かな胸、くびれたウエストと形の良いヒップ・・・・。アメリカの「セックス・シンボル」と称された彼女が、36才で謎の死をとげてから、もう半世紀がたつ。

 そんなマリリンの内面をクローズアップしたのが、この9月に発売されたばかりの『マリリン・モンロー 魂のかけら』(青幻舎)だ。
《助けて、助けて、助けて》
《ひとりぼっち!!!!!!! 私はひとりぼっち いつだって ひとりぼっち、どうしようもなく》
 同書には、そんな〝魂の叫び〟にも似た言葉を含め、これまで公開されることのなかった彼女の直筆メモや詩・手紙100点あまりが収録されている。

 …同書はフランスやアメリカなどで一昨年に出版され、15か国で計100万部のベストセラーになっている。翻訳にあたった、マリリンに精通する作家の井上篤夫さんが言う。
「これまで知られていた彼女の言葉は他人の目やメディアを意識したものが多く、本当の生の声は伝えられていませんでした。今回初公開されたメモなどからは、彼女の心の揺れや、最後までもがき苦しみながらも生に執着してきたことなども読み取れます」

《私は人生に落胆してしまっている。物心ついたときからずっと》
 メモにこう綴っているように、彼女の生い立ちは不幸なものだった。

《人生――私はあなたの二つの方向に引き裂かれている》
 メモにあるマリリンの想いの断片には、どうしても満たすことのできない〝渇望〟が書きつけられている。父親を知らず、母親ともほとんど触れ合いがなく、里親の元を転々とした幼い日々。世界中の男性から熱い視線を集めながらも、潤すことのできない心の渇き――彼女は「ひとりの女性」として無条件に愛されること、そして幼少期に得られなかった「温かい家庭」を築くことに自分の居場所を求めていたように見える。

 ’56年、30才で3度目の結婚。
《希望、希望、希望》
 結婚式を終えたマリリンは、記念写真の裏にこの3つの言葉を書く。
 だが・・・・。
「このころ、マリリンが最も渇望していたのが、子供をもち、温かい家庭をつくることだったと思われます。しかし、マリリンはアーサーとの間に子供を2度授かりますが、いずれも流産してしまいます。
 身も心も傷つき、さらに睡眠薬と酒に頼るようになってしまいました」(前出・井上さん)

 このころの彼女の自筆ノートには、何かを悟ったようなきれいな筆記体でこう記されていた。
《もう愛なんてないのだから。ひたすら努力を続けたことを後悔している》
《私は誰も信じられない》
《私は子供は欲しくない》
 彼女は最後の一節に、こう線を引いて訂正している。まるで、最後の希望を捨てきれないかのように。

 マリリンに憧れる有名人のなかでも、格別な思いを寄せているのが、歌手のマドンナ(54才)だ。
「マリリン・モンローを見てスターになりたいと思った」
 過去に日本のインタビューでこう語っているように、マドンナはマリリンに扮したプロモーションビデオ(PV)をたびたび作成している。
 …マリリンとは複雑な家庭環境に置かれていた点で共通し、他にも、ともにモデル出身であること、無名時代にヌードになった写真が流出したことなど、重なる部分が多い。マドンナはマリリンの孤独な内面に、自分を見ていたのかもしれない。

 …世界中の男性アイドルなのに、私生活で〝本当の自分〟を受け入れ愛してくれる男性には出会えず、3度も離婚。ハリウッド女優として栄華を極めたように見えたが、望む〝演技派〟としては認められず、酒や睡眠薬に溺れて破滅――理想と現実の矛盾は、人間なら誰もが持っているのかもしれない。(掲載記事より一部抜粋)

文/大門太郎 取材/樋田敦子、宮下洋一、村田くみ

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