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「雪岱調」と評された独特の意匠で、装幀、挿絵、舞台装置、いずれの分野でも新機軸を見せ、一世を風靡した小村雪岱。
彼が活躍した大正から昭和戦前にかけての 時代は、太平洋戦争前に一時訪れた華やぎの時代、大衆文化が一斉に花開いた時代でした。
しかし一方では、江戸から続いた四季の自然とともにあった人々の暮らし や、そこに息づいていた美意識が失われようとしていた時代でもありました。
その失われゆく江戸の面影を美しく描き止めたのが雪岱の仕事でした。
装幀や 挿絵などデザインの道に進む契機となったのは、文豪、泉鏡花との出会いでした。
以来、生涯にわたって鏡花文学の世界が雪岱独特の美を紡ぎ出す一つの大きな磁 場になっていきました。
そして、もう一つの源泉は、多感な青春時代を過ごした 日本橋檜物町の暮らしにあったように思われます。
当時の檜物町は江戸の面影を 色濃く残す花街で、装幀家としての出世作となった泉鏡花の小説『日本橋』の舞台と なった土地でもありました。
多くの人々に絶賛されたこの装幀の成功は、暮らし の音や匂い、路地を吹き抜ける風のそよぎまでも、五感で記憶していた雪岱だからこ そ描けたものでしょう。
平山都(埼玉県立近代美術館学芸員)―序文より 抜粋