白井晟一 精神と空間
孤高の建築家、詩人建築家、あるいは哲人建築家や異才……。
前川國男や丹下健三と並ぶ近代建築家の巨匠と目されながらも、
白井晟一は神格化されてきたが故に謎の多い存在だった。
本書では造住宅建築や浅草の善照寺、佐世保の親和銀行ほか、
代表的建築物を広く紹介するとともに、
図面、ドローイング、模型、書、エッセイなども収録。
孤高と謳われた白井晟一の幅広い足跡を辿り、創造の核に迫る好著。
白井晟一の「蹲る昏さ」(うずくまるくらさ)の起源をこそ、いま捜すべきではないか。
――磯崎新
■論考 磯崎新/白井昱磨/布野修司/松隈洋/谷内克聡
■実物大直筆設計図レプリカ(A全サイズポスター)付き
編集協力 畑中章宏
デザイン 白井昱摩 原拓郎
群馬県立近代美術館開催
「建築家 白井晟一 精神と空間」展(2010年9月)公式カタログ
http://www.mmag.gsn.ed.jp/
書 評
読書人 ―2011/3/18 掲載
分野を横断する新しい議論
白井晟一は、1905年に生まれ、当初哲学を志し、30年代にはヨーロッパで遊学もするが、帰国後は建築家の道を歩んだ人物だ。 本書は、初期の住宅から、銀行、公共施設、美術館まで、彼の軌跡をたどる回顧展のカタログである。白井の代表的なエッセイ「縄文的なるもの」、「豆腐」、「めし」のほか、磯崎新、松隈洋、布野修司、谷内克聡、息子の白井昱磨による論考、写真や図面、そして現代のアーティストによるオマージュ的な作品を収録したものだ。(中略)。
展覧会において改めて考えさせられたのは、冒頭に編集者の川添登が白井から受けとった50年前の生原稿を置いたり、彼の書が飾られたり、内容の区切りごとに白井のテキストがありがたく抜粋されるなど、強力な神話作用である。前川や坂倉準三など、モダニズムの建築家の展覧会とはかなり違う演出だ。磯崎の論考も、近代の限界とその後の展開を探るモデルとして白井を評価しつつ、白井との個人的なエピソードの回想に終始している。谷内は、左翼的な思想に触れたヨーロッパ時代の人間模様を探偵のように推理した。また布野の論考は、丹下健三(国家、弥生)-白井(個人、縄文)の対立軸や当時のジャーナリズムを振り返りつつ、近代を相対化する建築家として描く。白井昱磨は、情熱的な原爆堂論を寄稿しているが、やはり神話の持続を感じる。むしろ、見たことがない白井像は、畠山直哉を含む、8人のアーティストの作品からほのかに漂っていた。(中略)
白井の再読は、いま始まったばかりなのだ

