さて、白隠は「力強い筆致」の絵だけでなく、ときには「漫画」と思えるような絵も描いている。一見、禅とは何の関係もないように見える、単なるふざけた絵かというと、そうではない。そこの賛に書かれている言葉の意味、それがふまえているところ を検証してゆけば、それがなかなか深い意味をもっていることが分かってくる。「こりゃ面白い」というレベルで終わってしまえば、その深意は見えてこないのである。 白隠は当意即妙の賛を書くだけでなく、これらの「漫画」に登場する人物たちに、さまざまな行動・身振り・表情をさせて、おのれの伝えんとするメッセージを演じさせているのであり、それは言わば、白隠監督が演出する「白隠劇場」とも言うべき空間でもある。
芳澤勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)-序文より抜粋-
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さて、白隠は「力強い筆致」の絵だけでなく、ときには「漫画」と思えるような絵も描いている。一見、禅とは何の関係もないように見える、単なるふざけた絵かというと、そうではない。そこの賛に書かれている言葉の意味、それがふまえているところ を検証してゆけば、それがなかなか深い意味をもっていることが分かってくる。「こりゃ面白い」というレベルで終わってしまえば、その深意は見えてこないのである。
白隠は当意即妙の賛を書くだけでなく、これらの「漫画」に登場する人物たちに、さまざまな行動・身振り・表情をさせて、おのれの伝えんとするメッセージを演じさせているのであり、それは言わば、白隠監督が演出する「白隠劇場」とも言うべき空間でもある。
芳澤勝弘(花園大学国際禅学研究所教授)-序文より抜粋-