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写真(国内・海外)

Son of a BIT 内原恭彦

Son of a BIT  Yasuhiko Uchihara

Son of a BIT: the sheer volume of the images here is overwhelming.
A photographer of astonishing ability, Yasuhiko Uchihara has been praised by none other than the great Daido Moriyama.
Roaming the streets of Tokyo and urban neighborhoods throughout Asia, he takes his trademark stealthy snapshots.
Here is Uchihara’s eagerly awaited monograph, the first attempt by this prolific photographer at presenting his work in book form.

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エプソンカラーイメージコンテスト2002でグランプリを獲得。
2003年写真新世紀でもグランプリに輝いた内原恭彦。
その才能は「圧倒的」と森山大道も高く評価する実力派。
デジタルカメラで毎日数百枚の写真を撮り続け自身のホームページ「Son of a BIT 」で連日発表。東京をはじめとした諸国の首都界隈の路上をうろつき窃視的にスナップ写真を繰り返す。
撮りためた膨大な写真が初めて纏められた待望の写真集。

Son of a BIT
Yasuhiko Uchihara

□ format : 297×210×13mm
□ binding : soft cover
□ page : 128 pages(color)

Special online price:
3,800 yen (JPY)

SOLD OUT

Order Information
http://www.seigensha.com/order_overseas

*Payment may be made by Mastercard, Visa, American Express and JCB.

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Son of a BIT
内原恭彦

□ 判型:A4判
□ 総頁:約128頁
□ 並製
□ ISBN 978-4-86152-129-4 C0072

定価:3,800円+消費税
在庫切れです。
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書 評

デジタルカメラの記憶容量は案外早く、いっぱいになる。写真家として撮り続ければ、画像ストックはどこまでも膨れ上がっていくだろう。加えてけた外れに高精細な機材も開発されている。デジタル画像の増大はとどまるところを知らないが、その現実と向き合った俊英の写真集である。
日本とアジア各地での撮影。おびただしいカットから選ばれたのだろう。そのすべてが細部まで立ち上がり、鮮明な色彩とともに網膜を打つ。
銀塩写真の味とは違った、むき出しの画像の力が生々しい。分割撮影した写真を継ぎ合わせた作品もあるようだ。異様に高精細なイメージはふと不安な気持ちさえ抱かせる。
興味深いのは、視線の向かう先だ。物を集積した小屋や自然発生的な集落、廃品、繁茂する植物、枯れる花―
生物を含め、膨大な物量が絶えず変転する様子をとらえている。デジタル画像の”量”によって見い出された、新たな世界像と言えるかもしれない

― 2007年11月25日(日) 読売新聞

キャノン写真新世紀などの公募賞で高い評価を受けてきた内原恭彦による処女写真集。
内原はデジタルカメラのみを使い、作品の発表はWebを中心にしてきた。
写真集では、アジア、ネット社会などが内原の眼によって断片化され、同時多発的に起こっている世界のありようを再構築している。
内原は森美術館で開催中のグループ展「六本木クロッシング」展には、スティッチング(写真を複数枚貼り合わせる技法)による大きなサイズの作品を出品している。写真集では写真を束ねることで、スティッチング作品では写真を平面に貼り合わせることで、写真によって世界を再構築している。
Webでの作品発表と合わせて、内原のメディアに対する意欲的な姿勢は興味深い。
”デジタルか銀塩か”という二項対立はこれまでカメラについてしか語られてこなかったが、そのカメラを使って、どのように世界をとらえ、表現するかという問いに立ち向かう作家が、ようやくひとり、ここに現れた。
(タカザワ)

『最新写真集評』より
― 2007年Winter PhotoGRAPHICA

内原恭彦写真集『Son of a BIT』
bitchとbitが混在する世界に僕らは生きている

アジアのスラムからネット社会の住民が暮らすアパートまで、同時進行する”世界”を写真によって記録し続ける内原恭彦。これまでWebを活動の中心に置いてきた彼が、写真集をつくることによって獲得したものは何か。

― これまでおもにWebで作品を発表してきた内原さんが、写真集を出そうと思ったのはなぜでしょうか。

内原 ― もともと僕は絵を描いていて、出発点がアナログの美術だったので、手に取って見られる印刷物や本の形は好きではあったんです。しかし、一方で、写真集への疑いもありました。写真集はWebに比べて、見せられる点数が限られるし、並び順が決まってしまう。それに僕自身、人の写真集を見てもピンとこなかったんですよ。WebやPCで見るほうがおもしろいと感じていました。
写真集をつくりたいと思うようになったきっかけのひとつは森山大道さんの言葉でした。2003年のキャノン写真新世紀の公開審査で、森山さんから開口一番「キミはもう写真集をつくるしかないね」と言われた。
そんなことを言われても困ると思ったけれど、それが決定的な一言になりましたね。

― 写真集を拝見すると、アジアのスラムから東京のネット世界の住人まで、すべて等価値に見ようとするという内原さんの写真家としての姿勢が感じられます。

内原 ― アジアを撮った写真と日本で撮った写真の区別がつかないとよく言われます。物珍しさやエキゾチズムで撮ってないからだと思います。
「Son of a bitch」という罵倒語がありますよね。それが僕にとってはスラム、路上での荒々しさ。一方、”bit”はコンピュータの世界の単位。ネットの世界ですら、このふたつが混在している世界。それをひとつにしたのがこのタイトルです。
(取材・文タカザワケンジ)

『NEWS&TOPICS』より抜粋
― 2007年Winter PhotoGRAPHICA

「デジタルな状況を生き抜く覚悟」

著者の内原恭彦は東京をはじめとしてさまざまな国の首都を、毎日6時間くらい自転車でさまよい、イメージの捕獲をつづけているという。フィルムではあり得ない膨大な量の撮影を、デジカメが可能にしたと書いている。デジタルを自明なものとして、その状況を身に引き受け、新陳代謝するようにシャッターを切りつづけているのだ。デジカメ映像の良否を議論するようなのどかさとまったく別の位置にいるのがわかる。

だが、そんなふうにやみくもに視覚を更新しつづけるなんて、狂気じみた行為ではないか。写真集にはそれがもたらす不穏な空気が漂っている。デジタルな状況のまっただ中から届けられた映像というのを、これほど強く印象づける作品集に出会ったのははじめてだ。

http://booklog.kinokuniya.co.jp/

― 2007年11月19日(月) 美術評論家・大竹昭子 書評空間より(抜粋)

平均200枚以上をデジタルカメラで毎日撮り、ウェブで発表してきた写真家の初作品集。
罵倒に使う俗語と、情報単位のビットを掛けた書題通り、日本やタイなど五カ国の路上で悪態をつくかのごとく被写体に迫り、撮りためた数十万点から60点を選びとった。
情報量もさることながら、圧倒的なのは濃密さだ。生死と廃棄物が混然とした原色の世界から、いきれが立ち上がってくる。
だが作家はさらに、数百枚のデジタルの断片をつないでもっと細密で広大な画像を作っているという。何と貪欲な。

― 2007年11月18日(日) 共同通信社配信

著者は毎日自転車に乗って国内外の都市をさまよい、数百枚ものスナップを撮影、ネットで発表する創作活動で注目されるアーティスト。
1999年以来撮った写真は数十万枚。フィルムではまず不可能なスピードで、大量生産、集積できる点にこそデジタル写真のリアリティーを見出す。
作品イメージも過剰だ。日用品とゴミがひしめくスラム、枯れた花や昆虫の死骸の山。画面を埋める情報量の力に圧倒される。

― 2007年11月4日(日) 日本経済新聞

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