Amazon.co.jp ウィジェット
建築、工芸、彫刻

西田潤作品集 絶

2005年に享年27歳で逝った西田潤は、国内外で受賞暦を重ねる稀有の陶芸家だった。連作「絶」は、その代表作。大きな壷の内に釉薬で造形したものを入れ、それを丸ごと1300度の窯の中で三日四日と焼きしめる。溶解する物質のエネルギー、溶けきれない物質の凄み。窯から引き出した壷を叩き割ることによって、それは鮮烈に出現する。
「自然の創造性に人間の創造が加わったときにできる、独立した存在をつくりたい」と語り、「作品は僕の分身」と言った西田潤にとって、「絶」とはどんな言葉だったか。「絶縁」、「絶対」、「絶体絶命」、そして「零」。未踏の領域を拓いて逝った陶芸家 西田潤をあらためて問い直す作品集。



2018年7月待望の復刊

本書に掲載されている作品の多くは、現在、世界の主要な美術館や財団などにコレクションされている。彼の死後、2013年にはボストン美術館にも大型作品が収蔵され、長期展示のためのコレクションルームがオープンした。

死というひとつの境を超え、今もなおその力を世界へ見せつづける西田潤。世界各地から寄せられた本書復刊への思いを受け、12年の時を経て登場。

西田潤作品集 絶

□ 著者:西田潤
□ 判型:A4
□ 総頁:72頁 
□ 仕様:上製 
□ ISBN978-4-86152-066-5 C0072

定価:本体3,800円+税
アマゾンで購入する

書 評

凶暴さに感応する魂に衝撃

<前文略>陶芸作家、西田潤。京都精華大学陶芸分野の卒業を前に開いた初の個展から、昨年ひとびとが茫然とするなか二十八歳でこの世を去るまでの五年間、烈火のように疾走したこの青年の人生は、明治維新の志士のそれをすら連想させる。大阪のアートコートギャラリーで、その作品をまとめて見た。「西田潤展〈絶〉」である。
粗い裂け目、細かいひびを半透明の乳状のその潤むような光のなかに走らせる大きなオブジェ。それはガラスの覆いのようにも、どろんとした粘液のようにも見える。中には、衒(てら)いもない清らかさとでもいうべき素焼きの土が、円盤のようにきれいに積み重なっている。それは高速で回転する円形の(のこぎり)のようにもみえる。それらのあいだからにゅっと突き出る石化したパイプは、水道管というより人の体内をめぐる管をおもわせる。それらのあいだにさらに、まだ石になりきっていない土の塊がときにばらけて散らばる。
まるで台湾で売っている孵化(ふか)直前の鳥の卵のように、ジェルが器官化し始め、そのあいだに濡れた羽が折りたたまれ、広げる瞬間を待っているかのようだ。
普通釉薬は陶器の表面をうっすら飾るものだが、ここでは釉薬と土の関係が逆になっている。大理石のような釉薬の大きな塊の中を、間を、土が埋める。あまりに大きなオブジェなので、千三百ほどで十二時間焼いても中は半焼きである。中心近くでは陶土がまるで干上がった道のように、焼き切らずにひび割れ、ぼろぼろ崩れかけている。表面はところどころ黒くただれたようになっているが、これは釉薬があまりの高温に、鉄の枠と溶けあい、さらにそれらを囲う耐火レンガをも浸食してこびりつかせた、その跡らしい。
どんなプロセスでこういう焼き物ができるのか、わたしには想像もつかない。外舘和子の作品の解説によれば、先に鋳込みによって成形した造形物(例えば円盤やパイプ数本)を鉄枠の中に設置し、そのパイプのあいまを粉上の釉薬でぎっしり埋めたあと、台車ごと窯にいれ、焼く。窯出し後、外枠をはずし、乾燥した塊のひびにノミを入れ、二つに割ってこれらの作品は出来上がる。地殻が大変動を起こして、中からマグマが吹きだし、あたりの景色を絶対の力で変形し、やがて地表にさまざまな山脈や断崖、洞窟や河川が生まれるその情景を映しているようにも見えるし、解剖台の上で人体を無惨ざんにも切り裂き、臓物をより分けて開いたところのようにも見える。いや、精密な機械と粘液状の生体とが溶けあったエイリアンの身体のようにすら見える。ときに人体の腫瘍のようにも、鍾乳洞のようにも、アンモナイトのようにも、氷河の断層や隆起のようにも見える。どどっ、じゅるっ、どろっ、ねちゃっ、ばりっ、きーん…。そんな轟音が震央から響いてくるようだ。
時代の想像力がついに届かない、こんな陶芸がありえたのかと、わたしは茫然としていた。おのれをも破壊しつくす阿修羅のごとき凶暴さに、この宇宙の懐で感応している魂があったことに、強い衝撃を受けた。(鷲田清一)

― 2006年7月5日(水)京都新聞文化欄「夢のざわめきアート探訪」より抜粋

「絶」

昨年28歳で早世した陶芸家、西田潤の作品集。陶芸という言葉が持つどこか柔らかなイメージとは無縁の、異形の量塊が居並ぶ。
鋳固めた造形物を粉状の釉薬に埋め、高温で常識外の長時間にわたって焼き締める。解け混ざった陶のかたまりにノミを入れ露出させた内部は、窯の中の壮絶な出来事を物語る。そうしてできた一連の作品に、西田は「絶」という名を付けた。
陶芸や芸術という文脈から外して置いても揺るがない物質としての孤高の存在感に、なるほどその語はふさわしい。

― 2006年6月11日(日) 共同通信配信

↑TOPへ戻る