青幻舎マガジン

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

京都/拠点 : work & life in Kyoto <最終回>
vol.24

日本画と日本酒と。
ライフ・イズ・ビューティフル!
巫女から始まった珍しい人生
イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

 

 つくり手の実直な努力や、消費者の関心の高まりもあって、今あらためて注目を集めている「日本酒」。さまざまな案内本はあれど、2015年のはじめに、松浦すみれさんが執筆したのは、やわらかなイラストが添えられた「酒蔵を旅する本」だった。実は彼女の本職はイラストレーターで、さらに元巫女さん。お酒と絵と巫女さんと。3つの世界がどんな風につながって、彼女の今を導いたのだろう? 酒好き・神社好きの筆者としては、いてもたってもいられず、初対面にも関わらず、お酒を飲みつつインタビューさせていただいた。

text:ヤマグチノリコ/photo:マツダナオキ(撮影協力:酒房あわわ)

女子ひとり。ぶらり酒蔵をめぐる旅

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

 イラストレーター・ルポライターとして活動する傍ら、「日本酒ガール」として、酒蔵の取材やイベント・講演を通して、日本酒の魅力を広める活動をしている松浦すみれさん。彼女が2015年のはじめに出版した著書が『日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ(コトコト刊)』だ。1年間をかけて、ひとりで関西の蔵元33件を取材し、自身の文章に丁寧な挿絵を添えて、各蔵を紹介。ページを繰れば、彼女のイラストを通して、美味しいお酒が生まれる土地の空気や、作り手の屈託のない笑顔が描かれている。そのタッチや色彩はやさしくて温かで、一本一本のお酒がぐっと身近に感じられる一冊だ。 それにしても、イラストレーターが「日本酒ガール」と名乗って活動をするとは。どうして、そこまで深く日本酒の魅力に引き込まれたのだろう?それを紐解くのは、彼女が20代前半を過ごした松尾大社での経験に遡る。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

楽しい夜の一幕から。お酒は松浦さんに相談しながらセレクト。中央は、著書でも紹介されている和歌山県名手酒造の「黒牛」。クイクイとお猪口を空けていく松浦さんにホレボレ。日本酒をいただく手つきも美しいのは、さすがは元巫女さん!

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

酒の神の導き? 巫女修行時代

 上賀茂神社や下鴨神社に並ぶ長い歴史を持ち、お酒をはじめ、味噌や醤油など「醸造の神」を祀る神社として、全国の蔵元からの信仰が厚い「松尾大社」(京都市西京区)。こちらのすぐ近所で、デザイナーと画家のご両親のもと、絵を描くのが大好きな三姉妹の次女として育った松浦さん。彼女の運命は、縁あって松尾大社の神職さんに、「巫女さん」として白羽の矢が立てられたことから回り始める。 当時は弱冠22歳。それ以前は、美大で絵を勉強していたが、ご病気になられたご家族の看病のために休学(後に中退)。それでも「ものづくりに携わっていきたい」と、近所の和菓子屋さんでアルバイトをしていたときのことだった。高校生の頃から巫女さんのアルバイトもしていて、家族も神職さんをよく知っている間柄。とはいえ、巫女さんとしての「就職」は、彼女にとって晴天の霹靂。しかし、直感を信じて、彼女は一歩を踏み出した。

 ちなみに、当時は下戸に近いほど日本酒が苦手だったそう(それが今では、毎晩「日本酒での晩酌」が日課に!)。 「神社にとってお酒、すなわち『御神酒(おみき)』は欠かせない存在なんです」と松浦さん。神職の仕事は、毎朝神様にお酒などをお供えすることから始まるという。ちなみに『御神酒』とは、神様にお供えした後の”お下がり”のお酒のこと。神様にお供えしてお祀りをすることで、お酒に霊力が宿り、「御神酒」になるのだそうだ。また、神事が終わった後に「直会(なおらい)」といって、一同でお酒や食事をいただく習慣があるが、これもまた、神さまが召し上がったものを一同共に頂くことにより、神力を分けていただく意味がある。

 松浦さんも、毎日のようにお神酒を注いだり、お供えしたりしているうちに、いつしかその多彩な香りに興味を持つように。やがて、直会でおすそ分けなどをいただくうちに、その豊かな味わいに魅了されるように……。そして、気がつけば「大の日本酒好き」へと成長(900近くの蔵元が松尾さんのお札をいただいているというから、彼女がこれまでふれたお酒の数は想像にかたくない)。 「神職さんはお酒が強い方が多いのですが、特に松尾大社さんは精鋭揃い。いろいろ教えていただきました(笑)」。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

松浦さんがご奉仕した「松尾大社」(筆者撮影)。創建は平安京創始以前に遡る。境内には、全国の蔵元から奉納された酒樽も。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

松浦さんが描いた、神事や授与品の案内書。ちなみに、神楽を舞う巫女の美しい立ち振る舞いに目を奪われる人も多いと思うが、これは茶道や華道のお稽古を通して身につけた和の仕草が生きているからだそう。

「日本酒ガール」誕生

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

 昔から休みができると、全国各地を一人旅で回っていた松浦さん。旅先では土地の日本酒を味わうことや、酒蔵や醤油蔵を訪ねることを楽しんでいるそうだ。それはやがて神社を退職し、幼い頃からの夢だったイラストレーターとして独立した後も変わらなかった。

 日本酒の魅力を伝える「日本酒ガール」の活動を始めるきっかけになったのは、「京都を遠く離れた土地の蔵で、松尾大社のお札が貼られているのを見かけたこと」と話す松浦さん。神聖な酒蔵に貼られた一枚のお札から、「よいお酒ができますように」という熱心な作り手の想いにふれた気がしたという。 また、旅先の居酒屋で、一杯目から日本酒をオーダーする彼女の姿が珍しがられたことも理由のひとつ。「女性も気軽に日本酒を楽しめる空気が広がればいい」「そのためには、日本酒の魅力にふれてもらえる機会をつくるのが近道かも」。そう思い立ち、自身のイラストレーターの名刺の横に「日本酒ガール」と添えたそうだ。 「決して、酒屋で修行したわけでも、何かの資格をとったわけでもないんです。ただ、大好きなお酒や大好きな酒蔵と、一般の人をつなぐために動きたいと思ったんです」。

 書籍を作ったのも、同じ想いから。「細かな製法や味わいの違いを知るなら、専門家の本を読めばいい。私が伝えたいと思ったのは、一本のお酒が、どんな土地、どんな人々から生まれてきたのか、ということ。山の近くなのか、海沿いなのか。どんな風が吹いて、どんな水の味がするところなんだろう……? ラベルの向こう側に広がる世界を、自分の目で見て、伝えたいと思ったんです。だから、日本酒の本というよりは『旅の本』として作っていました」。 例えば、雪深い琵琶湖の最北端で、460年の歴史を持つ「冨田酒造」(滋賀県長浜市)。こちらの「七本鎗」は、京都でも熱心なファンが多い銘酒。松浦さんいわく、かつては清らかな味わいだったそうだが、若き15代目蔵元は「七本鎗」の名に違わぬ勇壮な味わいを生み出すため、努力を日々重ねているという。 「お酒にはつくり手の想いがしっかりと反映されています。冨田さんが手がけるお酒は、本当に力強く、どっしりとした味わい。でも、そのどこかに彼の優しさや繊細さがにじみ出ている。私はそこが魅力で、本当に美味しいなあと飲む度に思うんです」。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

松浦さんの丁寧な挿絵が添えられた記事(筆者撮影)。ほかにも大桶を作る職人さんや、酒造りに関わる神事を取材したコラムも充実している。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

酒蔵を巡って集めたミニチュア瓶や酒器セットたち。今では製造していないレア品も!

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

旅先や古道具やさんで、酒器を集めるのもお好きだとか。ご自宅の「ちょい飲み席」にて。

想いや土地の空気を描き出す

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

 本を出版して以降、「日本酒ガール」としての活躍の場もぐんと増えたが、彼女が常に一番軸を置いているのは「絵を描くこと」だ。今は亡きご両親から受け継いだ天賦の才であり、家庭の事情で一度は離れた道でもある。だからこそ、「これまでの経験で見たり感じたりしたことを、絵で表現していきたい」という想いを胸に、日々丁寧に描き続けている。

 仕事では雑誌や書籍の挿絵を手がけることが多いが(エッセイを添えることも)、自身の作品においては、日本神話の一説や日本の神々、神饌(神様へのお供え物)などを、顔彩(日本画と同じ材料で作られる画材)で描いている。上の作品は、松尾大社の祭神「大山咋神(おおやまくいのかみ)」を描いたもの。神獣である亀にまたがり、大らかに酒をくらう神さまは、包容力と吉祥に満ちあふれるよう。ああ、なるほど。彼女には松尾の神さまはこんな風に見えるんだなあ。こんなに朗らかな神様だから、たくさんの蔵元から愛されているのだろう……。そんな気持ちがわいてくる1枚だ。 影響を受けた作家として、絵は橋本関雪(★1)、文章は与謝野晶子(★2)、吉井勇(★3)の名を挙げる。松浦さんの絵が持つ透明感や、やわらかな色気、大陸にもつながるエキゾチック感が、不思議とつながる気もする。  おそらく、彼女が描き出そうとしているのは、人々の想いや願いだったり、土地や草花がまとう空気だったり、そよ風だったり。目には見えないもの、言葉ではどうしてもうまく伝えられないもの、忙しく過ごしていたら見落としてしまう一瞬の美しい風景たち。自分の絵を「媒介」にして、もうひとつの世界を私たちに垣間見せてくれているように思う。松尾大社という、自然豊かな神聖な場所で磨かれた感性も現在の彼女の糧になっているに違いない。そういえば、古来巫女もまた、神と人を「つなぐ」メッセンジャーのような存在だったのだ、と思い返したり。  現在は、時間を見つけては、久しぶりの個展に向けての準備を進めているそう。彼女が次に描き出す世界を眺めるのが、とても楽しみだ。

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

愛用の画材とアトリエに飾られている作品たち。神々しい天女や、与謝野晶子の詩を元に描いたイラスト、松尾大社の「上卯祭」で奉納される狂言で使われる能面をモチーフにした絵など。日本画を習い初めて描いたレンゲの絵は、彼女の原点となる大切な1枚に。

京都拠点、その場所とは?

 「松尾大社のすぐそばで育った私にとって、京都といえば、「松尾さん」こと松尾大社なのかもしれません。今は結婚して酒所である伏見に住んでいますが、時々松尾さんを訪ねると、山が近く境内の空気も澄んでいて、すごく心が落ち着きます。巫女として奉仕させていただいたことで今の私の道が開くことができたし、社会人としての厳しさや覚悟も教えていただきました。もちろん今でも自分をリセットできる大切な場所です」

松浦すみれ イラストレーション展2

社に吹く風、酒の滴の彩り—。繊細な風情を表現する、水彩画の数々。
蔵さんぽ原画をはじめ、新旧の作品も一同に展示します。

会期:9月22日(火)〜27日(日)
場所:綾小路ギャラリー 武 (http://www.aya-take.jp/
   京都市下京区綾小路通高倉東入ル高材木町 228-3

 

★1 日本画家(1883-1945)。兵庫県生まれ。大正期の京都画壇を代表する一人で、新南画、新古典と呼ばれる絵画を次々と発表。帝国美術院会員、帝室技芸員、フランス政府よりシュバリエ・ド・レジョン・ド・ヌール勲章授与。作品は左京区の「白沙山荘 橋本関雪記念館」や建仁寺で鑑賞することができる

★2 歌人(1878-1942)。大阪府生まれ。積極的な人間性賛美の声を艶麗大胆に歌い、浪漫主義短歌の指標となる。1901年代表的歌集「みだれ髪」刊行。

★3 歌人・劇作家 (1886-1960)。東京出身。京都・祇園をこよなく愛し、「かにかくに 祇園はこひし 寝るときも 枕のしたを 水のながるる」と詠んだ歌は、今なお多くの人に愛されている。

プロフィール:
text:山口紀子(やまぐちのりこ)
ライター・編集者。新潟生まれ。
好奇心と向こう見ずな性格が高じ「日本の根っこ」を探るべく東京経由で京都へ。地域に根付く豊かな文化や手仕事を発掘すべく活動中。共著に『京都こっとうさんぽ』。
http://kyotosumu.jugem.jp/

Photo:マツダナオキ
大学卒業後、都内のスタジオマンをへてフリーに。
2012年、東京から京都に拠点を移す。
http://naokimatsuda.petit.cc

PROFILE

イラストレーター・日本酒ガール 松浦すみれ

松浦すみれ
まつうらすみれ

1983年生まれ。イラストレーター。「お酒の神さま」を祀る松尾大社の巫女として奉職後、現職に。雑誌・ウェブなどのイラストルポの執筆で活躍中。酒蔵を旅する「日本酒ガール」としてお酒にまつわる取材や御神酒のラベルデザインなども手がける。著書に『日本酒ガールの関西ほろ酔い蔵さんぽ』(コトコト)。
http://kyotosumire.jimdo.com

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