青幻舎マガジン

京都/拠点 : work & life in Kyoto
vol.06

伝統と現代文化、
異なるレイヤーをつなぐ、翻訳者でありたい
嘉戸浩・かみ添(唐紙師)

 

 平安時代にまで歴史を遡る工芸品——唐紙。この世界で修行をし、独自の感性で唐紙の新しい可能性を切り開いているのが、かみ添 嘉戸浩さんだ。
 嘉戸さんに出会うまで「唐紙は、自分とはかけ離れた遠い世界のもの」だと漠然と思っていた。でも、お話を聞いていくうちに、唐紙にはその長い歴史の分だけ、たくさんのロマン が詰まっているのだなあとあらためて実感した。そして実際に手摺りの葉書や便箋を使ってみると、意匠の美しさと、手の中で雲母がきらめく姿がとてもきれいで、じわじわと愛しさ が増していくのだった。最近では商業施設のほか、アーティストに唐紙を提供するなど、さらに活躍の場を広げている嘉戸さんだが、元々は「グラフィックデザイナー」という異色の経歴の持ち主。そんな嘉戸さんのこれまでの歩みと、制作に対する想いを聞いた。

text : 山口紀子/photo: 桑原優希

アメリカで出会った日本の美意識

 西洋の「グラフィックデザイン」と日本の「唐紙」。この2つの点が、嘉戸浩さんの中でつながるきっかけとなったのは、日本でプロダクトデザインを学んだ後、グラフィックデザインに興味を見出し、サンフランシスコの大学へ入学したときに遡る。その理由は「プロダクトだと、あまり数が作れないのがもどかしい。Mac1つで自由にデザインが生み出せるグラフィックの方が、性に合っていると思った」と実にシンプルだ。
 現地での授業中、先生が「素晴らしいデザイン」として常に例に出すのは、北斎の浮世絵であったり、枯山水の庭園理論であったり、イサムノグチの独創的なフォルムであったり。とかく日本に関わるデザインが多かった。さらに、常に自分の制作したデザインについて考えを問われるだけでなく、自分の背景として「日本のデザイン」についての考え、知識が求められたという。「日本の大学では西洋の例しか出てこなかったのに、こちらに来たら全く正反対の状況。折角日本を出てきたのにね(笑)」。そんな折、一時帰国時に友人に連れられて偶然訪れたのが、後の修業先となる唐紙工房だった。
 ちなみに「唐紙(からかみ)」とは、元々はその名の通り「唐から輸入された装飾紙の総称」を指した。中でも、紋様を彫った版木の上に雲母(うんも/きら)や胡粉(牡蠣の殻からできた粉末)をのせて摺った紙が人気で、やがて日本でも模造するようなったのが現在の「唐紙」のはじまり。当時は和歌を書く詠草料紙(えいそうりょうし)として主に用いられていたが、中世以降、屏風や襖障子などにも用いられるようになり、江戸期には人口増加や文化の興隆と共に大きく発展。現在のように明るい電気もない時代、鉱物を原料とする雲母が摺り込まれた唐紙は、どれだけ美しくきらめいたことだろう。
 という歴史はさておき、工房で唐紙の美しさに触れ、その製法に耳を傾けている内に、「自分が学んでいるグラフィックデザインの原点が、すべてここに詰まっている」と嘉戸さんは直感。「なんて面白いのだろう」と衝撃を受けたのだった。

唐紙を摺る材料はとてもシンプルだ。「雲母」「胡粉」(唐紙特有の光やきらめきを出す)、「布海苔」(原料を紙に定着させる)、「藍」「黄土」「ベンガラ」の顔料(絵の具)が基本の材料。

昔ながらの職人の街・西陣、鞍馬口通に面する『かみ添』

フルマニュアルの印刷技術

 嘉戸さんが感じた「唐紙が、グラフィックデザインの原点」とは、一体どういう意味なのだろう。「例えば、職人が家の家紋を考えることは、デザイナーが企業のロゴやCI を考えることと同じだと思うんです」と嘉戸さんは言う。確かにどちらも、他の家や会社と差別化をしながら、各自の個性を明確に視覚化するかがポイントとなる。また、「襖に貼る」という主な目的上、紋様をデザインするだけでなく、襖分の広さに「レイアウト」することも求められる。ただ柄をぎっしり配置したのでは、どこか品がないし、窮屈な感じがしてしまう「大切なのは『間の取り方』。紋と紋の間隔や、全体の余白もそうですが、雑誌のレイアウトとも通じる感覚なんです。どちらもわずか数ミリの違いが命取りになる」。
 ほかにも共通点を挙げればきりがないが、最も嘉戸さんを引きつけたのは、デザインから印刷まで「すべてを自分の手で仕上げることができる」という点にあったという。摺る和紙を選ぶのはもちろんだが、吸水力の高い紙もあれば、そうでないものもある。また、表面の凹凸や質感を比べれば、厳密にいえば一枚とて同じものはない。その日の天候や湿度によって、和紙の細かな特徴を見極めて、水加減、手加減を変えて摺り上げていく。また、木版画ではバレンを使うが、唐紙は手で紙に写していく。そうした自分の手と作品がダイレクトに直結する感覚にも魅かれたという。
「デジタルの世界では、印刷所にデータを渡して指示をすれば、後はオペレーターが色や画質調整をしてくれた。でも、唐紙では自分が最後の最後まで責任を持たなくてはならない。その感覚がとても新鮮だったんです」

唐紙では、具(雲母や絵具など)を版木に乗せるのに「篩(ふるい)」という道具を使う。

バレンを使わず、手で具を紙に写していく。ぎゅっと押したりはしない。そっとなでるように写し取っていく。

「The Sodoh Higashiyama kyoto」のために新調した版木「桜の丸」。ちなみに版木の大きさは45×30cmで、京襖を12等分した一般的なサイズ。

嘉戸さんが手がけた「The Sodoh」内の壁紙。建物は竹内栖鳳の元・私邸兼アトリエで、中庭に残っていた桜の木がモチーフとなっている。

独立。そして西陣へ

 大学卒業後、N.Y.での活動を経て帰国。日本でフリーランスとして活動していた嘉戸さんは、ある日偶然、件の工房でのスタッフ募集を知る。「唐紙はこれまでの一部の顧客だけでなく、もっと広く再評価されていく分野だと直感していた」と振り返るように、この道に入ることに不思議と迷いはなかったそうだ。
 そんな嘉戸さんにとっての独立は、ちょっとした偶然が重なったものに過ぎなかったという。彼自身もデザイナーである身、修行を進めていくと「こういう紙使いや色使いをしたらどうだろう……」というアイデアが自然と湧いてくる。と同時に、伝統ある工房には、守るべきルールがある。「いつかは自分が思い描く唐紙を摺ってみたい。そのためにどんな準備をしたらいいのだろう?」と、思い始めた矢先、ドンと突然背中を押されるように、現在の工房兼ショップである西陣の物件に出会ったという。
 西陣織が栄えた街だから職人文化が残っていて、大徳寺も近いため、禅やお茶の文化も色濃い。なにより、街の中心から離れている分、しっかりと腰を据えて活動もできる。心の中で何かがピタリとはまる音がした。「そういう場所や機会をいつも見つけてくれるのが、店を切り盛りしてくれるうちのかみさんなんです」と嘉戸さんが笑う。「主婦の直感なのかもしれません(笑)。何か大きな決断をするとき、自分たちで細々決めてたらことは進まへん。しっかりした気持ちがある上で、背中を押してくれる出来事があったら乗っかるしかないんですよね」と奥さんのみさえさんが続ける。
 歴史がある土地だから、いい加減なことはできない。大きなプレッシャーもあるが、それをうまくモチベーションに変えながら、嘉戸さんの新しい歩みがはじまった。

新しい唐紙づくり

 開店当初のお店には「唐紙屋の命である、版木が全くなかったんですよ」と嘉戸さん。伝統ある工房には、何代も前から伝えられている版木があり、それを元にした何百種類という見本帳が存在する。それこそが老舗である由縁であり、それを使っていかにお客さんの要望と「今」という時代感を添えて摺り上げるかが職人のチャレンジとなる。一方、「かみ添」では、訪れるお客さんの注文に応えて新調しながら、少しずつ版木を増やしてきた。「もし1年で5枚の版木が新調できたら、4年で20 枚が生まれる。10年、15年と続けていけば……。どこの老舗さんも、始めはみんなこうやってコツコツためてきたんじゃないかな」。
 ちなみに、古典紋様に版権はないが、「過去や修業先で見たものと同じものは作らない」のが嘉戸さんのモットー。店内奥の壁はシンプルな水玉模様だが、もちろんこれもオリジナル。色合わせこそ古典に準じて白地に白い雲母(黄土雲母)だが、面白いのがその配置。通常のプリントのように規則的には並んでおらず、時々少し離れた水玉がいたり、柄がリピートしないようにランダムに配置されていて、見飽きない独特の表情を与えている。朝のやわらかい光、午後の明るい光、夕暮れの西陽、夜の灯りなど、時間帯によって変わっていく姿も面白い。昔の人はこんな風に唐紙を見ていたのかもしれない……そんな気持ちすら湧いてくるようだ。

水玉模様の壁紙。冬は雪片のように、春は光のプリズム、夏は木陰のこもれびのように……、季節によっても見え方が変わるのが楽しい。

襖に使っているのは、トルコの更紗用の版木(古いもの)。一見もの珍しく見えるが、「唐紙が生まれた唐に文化を伝えたのは、シルクロードでつながる西アジアの国々。こうして逆にたどっていけば、いつかは日本の紋様の原点につながる紋様に出会えるかもしれない」と嘉戸さん。

「主役」ではない面白さ

 開店3年半を迎える現在では、日々いろいろな注文が舞い込んでくる。日本間の「襖」のみならず、マンションや店舗の「壁紙」や「オブジェ」、年賀状や名刺、結婚式や発表会の招待状など、小さなかみ物の依頼も。作り手が自由な発想を持っていると、使い手はさらに自由自在に唐紙を楽しめるのだなあ、とあらためて納得してしまう。そしてそれこそが、唐紙は決して主役でなく、「ひとつの素材であり脇役であって、暮らしにそっと彩りを添えるものでありたい」という、『かみ添』らしさを表しているようだ。
 2012年には、パリで毎年開かれる雑貨の国際見本市「メゾン・ド・オブジェ」に招待出展をしたり、三重県の温泉施設「アクア×イグニス」へ唐紙を提供したり、さらなる活動の場を広げてきた。区切りの5年目を迎える今年、一体どんな新しい唐紙が生まれていくのだろう。新しい出会いとチャレンジに、嘉戸さんはきっと今日もワクワクしているに違いない。

「イメージが限定されないのがいい」と、葉書や封筒、ポチ袋などオリジナル雑貨の中心は白の紋様。アジアやアフリカ、ヨーロッパなどの版木をあえて使っているそうで、独特の雰囲気をまとっている。

京都拠点。その想いとは―

「仏教に茶道、お能、建築など、多種多様な伝統文化の層が、幾重にも積み重なっているのが京の街。その住み分けされたレイヤーの中に、なかなか門外漢の僕たちは容易に入ってはいけません。でも、時には、こうした伝統文化を翻訳できるような人がいてもいいんじゃないかな?と思うんです。伝統業界の人々に、デザインという発想を。モダンなインテリアで暮らす人々に、和素材を取り入れる楽しさを。この世界に異業種から飛び込んだ僕だからこそ、できることがきっとまだあるような気がしています」

プロフィール:
text:山口紀子(やまぐちのりこ)
ライター・編集者。新潟生まれ。
好奇心と向こう見ずな性格が高じ「日本の根っこ」を探るべく東京経由で京都へ。地域に根付く豊かな文化や手仕事を発掘すべく活動中。共著に『京都うつわさんぽ』。
http://kyotosumu.jugem.jp/

Photo: 桑原優希(くわばらゆうき)
写真家。NY市立ハンターカレッジ卒業。現在拠点を京都・東京に移し広告、雑誌、書籍を主に活動中。新宿区に住む移民の子供を中心に写真ワークショップを展開中。文化、人、旅、生活をテーマにした写真表現を目指している。
http://yuukikuwabara.com

PROFILE

嘉戸浩・かみ添(唐紙師)

嘉戸浩(かど こう)

1998年京都嵯峨美術短期大学専攻科プロダクトデザイン学科卒業。2001年サンフランシスコ私立アカデミー総合芸術大学グラフィックデザイン科卒業。N.Y.でフリーランスデザイナーとして活動後、帰国。唐紙の老舗工房での修行を経て、2009年独立。 ショップ兼工房「かみ添(かみそえ)」を西陣にオープン。

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